1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】窓の外を見ている

なかまくらです。

蔵出し公開です。映画「インターステラー」を見て、書いた習作です。

どうぞ。





「窓の外を見ている」


作・なかまくら




窓の外を見ている不思議な奴だと思っていた。


練習を終えて、野球のグラブを手に部屋に戻ってきた丸太は、いつもの場所に、妹の円香の姿を見つけて、少し離れたところに腰を下ろした。使い込まれた厚手の布の袋の紐を緩めると、中からクリームを取り出す。ブラシでほこりを払い、乾いた布で表面を軽く拭いたグラブにそれを塗り付ける。革同士が縫い合わされているところは、クリームが残りやすいから、慎重に、丁寧に塗る。それから、一枚の革を伸ばして形作られている広いところだ。塗り付けながら、円香を見ていた。


円香は、外の何かを見ていた。


丸太は何度か聞いたことがある。何を見ているのか、と。円香は、その度に困ったような笑顔を向ける。「きっと、言っても困らせるだけだから」


丸太は、円香と視線を合わせてみる。父が妹に対してそうしているのを幾度となく見かけたからだ。外には、稲が実り、黄金色に輝いていた。その時が来れば、丸太は父の手伝いをして、収穫に駆り出されることになる。丸太は、それが嫌いじゃなかった。自分の生きる術を、自分の手に持っておける。それは、誰かの悪意に曝されることもなく、自然と付き合えばいい。それは、悪くないことだった。グラウンドでは、仲の良いもの同士が集まり、そうでないものはそうでないもの同士でつるんでいた。一本の棒に巻き付くように、集まり、そして、丸太はそれを見ていた。見ていた丸太は、今度の公式戦では、ベンチに入れないらしい。


丸太は、父によくキャッチボールをしてもらった。それに、13歳になったら、コンバインの操縦を教えてもらえることになっていた。筋がいい、と父はよく、丸太のすることをほめてくれた。


父は、円香とよく自然科学の話をするようになった。窓の外に、何かが見えているように、二人はよく、議論をしていた。父は元々は、エンジニアだったらしく、農機具が故障しても、自分で直してしまうし、ちょっとした実験室みたいなのを家の地下に持っていて、田んぼや畑に撒く薬剤を調合したりしていた。昔は丸太にも、父はそういう様子を見せてくれていたが、最近は円香に見せていることが多かった。


 


地球は温暖化が進んでいる、と、古いラジオが毎朝、盛んに報道している。雨は局所的になり、突発的になり、そして、不安定に降り注いだ。食料生産量が不安定になり、家から離れた農地は、盗難の被害が大きかった。


「飢えた人ほど、恐ろしいものはないからな。食べさせておけばいいんだ」


夜、父はそんなことを言いながら、空になった農地に植える種芋を選んでいた。暑さに強い品種だった。そして、丸太は、18歳になっていた。


そして、その日は突然やってきた。父は、ランプの明かりの下で、無線からの信号を受け取り続けていた。それが何であるのかは、「その時が来たら話す」と言われていたもので、父が、時折、こちらを見る、その眼差しから、今日がその時であることを丸太は、察した。それは、何か、丸太と円香を悲しませる何かだと、薄々、丸太は感じていたのだ。


通信が終わり、二人は父とテーブルを囲んだ。そして、父は少し古い地図をテーブルに広げた。そこには、土地に記号が割り振られており、意味は分からなかったが、円香は目を見張っていた。父はそれを、満足そうに見て、丸太に伝える。


「二人に言っておかなければならないことだ。母さんは、生きている。」


母は、二人が幼い頃に亡くなったと言われていた。


「奴らから、隠しておく必要があったんだ。地球外生命体から。」


キャトルミューテーションという事件が全世界で1万5千件以上起きているらしい。それは、牛のすべての血液が抜き取られる事件だ。それは70年前くらいから記録が残っている、未だ原因のわからない現象だった。


「俺が、母さんに出会ったのは、うちの実家・・・つまりこの家なんだが、うちの田んぼにミステリーサークルが出来たことがきっかけだった。それを調査しに来た母さんに、俺が出会ったんだ。」


二人は、意気投合し、二人は家族になった。しかし、地球の温暖化や少子化が予想を遥かに上回る速度で進んでいく様子を見て、母は、気付いたことがある、と言った。それから、父と子どもたちを残して、家を出た。母は超国家的な枠組みで組織されたチームの一員として、地球外生命体とのコンタクトを試みていた。その使命は重大で、そして、秘匿されていた。家族がいると知られれば、危険が及ぶだろう。母と父は悩んだという。しかし、この道を選んだ。母の仕事を支える道だった。


「俺の両親・・・つまり、お前たちのばあちゃんとじいちゃんは分かっていた。先祖代々、受け継がれてきた、我が家の農地は、その下に、霊的なエネルギーが流れる経路になっている。それをお借りするために、祠が立っていただろう?」


丸太の脳裏に、昔、扉の隙間から覗いた記憶が思い出され、頷いた。


「それが必要になる日がこれから来るはずだ。いつかは分からないが、きっと・・・。このエネルギーはかつて、地球に訪れた地球外生命体から、この星を守った力のはずだ。その仕組みを解き明かし、再び力を行使しなければならない。」


円香は頷いた。丸太は、それが自分の役割ではないのだろう、と思い、心の中では頷いていなかった。思えば、兄妹で大きく違ったものだ。円香は聡(さと)い。それに比べて丸太は、何も考えずに体を動かしていることのほうが好きだった。しかし、それを見透かしたように父は笑い、ガシガシと、頭を撫ぜた。


「おいおい、丸太。お前も、地球を救う俺の家族の大切なチームなんだぞ。」


そして、父は丸太を真っ直ぐに見つめていた。それは、父が、父の生きてきた人生に誇りをもってきたように、丸太もそのように、生きていくことになるのだと思えるに足りた。


丸太は、頷いた。


「じゃあ、少し行ってくるから、留守を頼んだぞ。」


そう言って父は出掛けていき、兄妹はそれぞれの目で、窓の外を見た。






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