なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)
「末裔」
20241025
作・なかまくら
座っている大きな影があった。
「暗い場所だ」 と、巨人はつぶやいた。
「ご苦労様でした」 怪物がやってきて、隣に座った。
「座談会でもしようというのか」 巨人は身体をひねって、手渡されたボトルを受け取った。中で、明滅する光が綺羅綺羅と踊る液体が見えた。
「まあ、そう言わずに」 怪物は、雲母の黒い塊を一枚めくって、食べた。それから、巨人にも差し出す。
「一枚食べないか。ふるさとの味なんだ」 怪物はバリボリと咀嚼しながら、行儀悪く、勧める。
「いただこう」 巨人は受け取り、それを口に運んだ。
「・・・どうだ」
「・・・永らく忘れていた味のような気がする。これは、だが、血が覚えている。雲母だ。そう、鉱物の雲母」
「隕石によって、かつてこの星に大量にもたらされたものだ。侵略するための我々の食料としてだ。お前の祖先は、それを都合よく忘れてしまったのだ」 怪物は感情の入っていない声でそう言った。それから、こうも言った。
「だが、仕方のないことかもしれないな。それほどに、この星は美しかった」
「怪物のお前でも、そう思うのか」 巨人は少し驚いて、そう問いかけた。
「ああ・・・」 怪物は雲母をかじる。舌の上に故郷が広がっていく。
「私がすっかり、人の血が混じってしまったから、そう思うのだと、そう言い聞かせて生きてきた」
「随分と弱くなった」 怪物は戦いを振り返った。
「重力は小さいが、水は多い。草木は毒を持たないものも多く、生命を育んでいる。この星のその抱擁が、私を堕落させてしまった」
「お前を、ではない。お前の一族を、だ。我ら星人が、お前の一族をこの星に送ったのは、ほかでもない。力の継承を可能とする一族であったからだ。困難は世代とともに解消され、最後には、必ずや、我らに、第二のふるさとをもたらしてくれるものと思っていた」
「すまない・・・」
「不要だ。その謝罪には過ちに対するものではない」
「すまない・・・」
「不要だと言っている」
「ああ・・・」
「なんだ、少し疲れたのか」
「そうかもしれない。久しぶりに力を使ったから」
「人類は力を蓄えた。お前の力など、呼び覚ます必要がないほどに」
「白々しい。太陽フレアで電脳を持つ超兵器がオシャカになった、この日を何年も待ち続けていたんだろう。雲母も電気をよく遮った。」
「力が衰えたといっても、まだまだ見通す目は健在か」 雲母をめくって、齧った。
「すでに、私の代では、失われてしまった力だ。先々代の・・・祖父から借り受けた力をときどき、使わせてもらっている」
「そうか・・・。お前たちは滅びようとしているのだな」 怪物は、笑う。
「滅びるのではない。交じわるのだ。大切な人がたくさんできた。彼らは私を人として見てくれている」
「必要とされているのか」
「それはどちらだ。その能力か、それともひととなりか」
「戦う以外のことは、教えてもらってこなかった」 巨人は、俯いた。
「我々はそんなお前を歓迎するぞ!」 怪物は、笑った。そして、続けて言う。
「単純な理屈だ。強い者たちの世界だ。楽しいぞ」
その言葉に、巨人は頭をふった。
「私は、力を媒介する硬貨を使って、巨人の力を行使することができる。そんな弱い存在になった。・・・だが、これでいいと思っている。これは、力を手放す準備なのだ。電脳の超兵器も、私がただの人になるために助力してくれている・・・。」
いまは、そう思えるようになったのだ、と巨人は優しく笑った。
「やがて電磁波の影響から、復旧する。その前に、星に一度戻ることにする」
「ここで暮らさないか」と巨人は言い、
「ここには居場所はない。必要とされる場所こそが居場所なのだ」と怪物は答えた。
必要とは、その力のことなのか。
巨人は、そう言いかけて、やめた。大陸のあちこちに明かりが灯り始める。
自分もただ、守りたかっただけだったのかもしれない。
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