なかまくらです。
SFを書いてみました。
今回は、なんと、リクエストをもらったんですね~。
超短編小説会でお世話になっているでんでろ3さんという方から、
こんなの書いてみてってことで。
********それが、これ********
核戦争後の地球、人々は水を求め争っていた。しかし、そんな民衆を尻目に政府要人は宇宙への脱出準備を着々と進めていた。そんな中、首相第一秘書田倉見は忙しく動いていた。この計画の土壇場で政府要人を地球に置き去りにして、彼の組織「チクワ」を引き連れて宇宙ヘ旅立つつもりなのだ。という話ヨロ
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おー、よさげじゃないですか~~
とか、言ってから、ぎゃーー、むっず! となるのでした(笑
そして、なんとか書き上げたのが、この作なのでした。
では、どうぞ~~。
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みっつの涙
作・なかまくら
2017.10.09
教室で、肘をついて聞いている私。もうすぐ死ぬ。こっちを見る先生。あっと言う間に死んでもらうことになる。先生だけじゃない。世界中の人間は、もうすぐ死ぬ。親友の鞆ちゃんも、私によく吠えついてくるブランドンも、みんな、みんなだ。
*
「お迎えにあがりました」
ガスマスクに背広、そしてゴーグルという完全に怪しい石田さんがいた。最早ギャグでやってるとしか思えない。いや、そうなのだ。この石田さんは、この危機的状況を和ませるために派遣されたに違いない。意味が分からなかった。
「えっと、あのさ」 私は、怒りにも似た笑いをこらえながら後ずさる。
「ルイちゃん! 一緒に途中まで行ってもいい?」 振り返ると、鞆ちゃんが膝に手を当てて大きく息をしていた。ガスマスクが苦しそうだ。
「うん、一緒に帰ろ」 私もくぐもった声で答えた。
扉を開ければ、トンネルだった。
「行きの通路、使えないの?」 いつもと違うコースだった。
「ブランドン、悲しむね」 鞆ちゃんが隣を歩いている。
「・・・浸水です」 石田さんがボソリと答えた。
鞆ちゃんが立ち止まる。私の足も止まっていた。
「またなの!?」 叫んでいた。それは随分と遠くまで響いたように感じた。
*
あの日、南極で何かが見つかったらしい。それを奪い合ったとも、それを破壊するために、各国がコバルト爆弾をこぞって撃ち込んだとも言われるが、少なくともその結果、蒸発した氷塊は猛毒の雲となり雨となり、降り注ぐことになった。政府は、洪水対策用の地下水路を国民に開放したが、老朽化も進んでいた。水がしみ出せば、隔離、隔離、そして隔離・・・。
「追い詰められたネズミだよね、私たちってさ」 鞆ちゃんの声でハッとする。
通路に声はもう響いていなかった。鞆ちゃんがブランドンの死を悼んでいる。一方私は怒っていた。私の父は、何をやっているのだ。首相第一秘書とはその程度なのか。その程度なのだ。ああ、そうだ。娘を放り出し、何日も帰ってこない。離ればなれになって行方不明の母も探し出せない父親だ。それが、この国の、一番前のほうを走っているのだ。
「ねえ、石田さん」 私は呼ぶ。
「なんでしょう」
「もう、皆死ぬよね」 私はため息をついた。諦めてはいけない立場なのに。
「お嬢様、とにかくこちらへ」 そう言って私を小部屋へと引っ張り入れる。
「ねえ、死ぬんでしょ」
「それは・・・」
「私、調べたんだ。ウランの半減期って7億年なんでしょ?」 隣で鞆ちゃんが息をのむ。
「お嬢様、しかしですね、ウランの大部分は爆発時に崩壊しているので・・・」
「でも、死の灰は降ったのよね」 空は確かにどす黒い雲に覆われたのだ。
「降りました、ですが・・・」
「放射性物質には催奇性があるって聞いたわ。頭が2つある人間とか、脚が3本ある人間とか、これから生まれるんだわ」
「確かに生まれるかもしれません・・・しかし・・・!」 石田さんの顔が真っ赤になっていた。事実なんだ。図星をつかれると、人は真っ赤になるんだ。私は私を止められなかった。誰も教えてくれなかった。私も、首相第一秘書の娘として、やれることがあるのではないかって、調べた。調べれば調べるほど、闇は拡がっていった。膨れあがった闇は、もう自分の中に押しとどめておくことは、出来なかった。
「だから、もう、みんな死ぬんだよね!」
「ルイちゃん!」 鞆ちゃんが私を抱いていた。温かかった。鞆ちゃんがいると、私は少しだけ落ち着いていられる。目を閉じようとして、涙が大きく零れて頬を伝っていった。
「大丈夫、大丈夫だから・・・」 祈りのような言葉。鞆ちゃんの身体も震えていた。
「我ら、チクワの子。“地上の 苦しみから 分かたれん” 安心してください」 石田さんも落ち着いたのか、胸につるした筒のようなモノを握って、そんな意味不明なことを言っていて、私は少し笑えた。
*
その後、野生化した犬が地下に押し寄せ、その駆除と狂犬病の隔離によって、人はさらに減った。学校に来る人も日に日に減ったけれど、私と鞆ちゃんは欠かさず通った。きっとそれはおかしくならないための儀式だったんだ。
ある日、首相による緊急発表が行われた。それは、宇宙船による脱出計画だった。『落涙』『涕涙』『浄瑠璃』の3機の宇宙船にて、テラフォーミングが進む火星を目指すこと。燃料には限りがあるため、ホーマン軌道を通り、約8ヶ月の旅になること。すべての人間を連れて行くことは出来ないこと。コールドスリープの適正のない人間は抽選から外れることが発表された。
「いい名前だよね」 鞆ちゃんがそんなことを言った。
「え?」 ニュースを一緒に見ていた私には意味が分からなかった。
「宇宙船の名前」
「そうなの? 私、本とか読まないからなあ・・・」 降参、とばかりに手を振って見せた。
「涙ってさ、目に入ったゴミを洗い流すんだよ」
「うん・・・」 たぶん、それはゴミだけじゃない。行き場を失った感情だって、溢れるんだ。私はあのときのことを思い出していた。鞆ちゃんがギュッと抱きしめて、大丈夫だと言ってくれた、あの出来事を・・・。
「だからさ、涙に載って、この地上の苦しみから分かたれん、とするんだよ。私たちは」
「・・・ええ?」 私の記憶にチリチリと何か一瞬、亀裂が走った。
「だからね、我ら、チクワの・・・」 そう言う鞆ちゃんの、胸の辺りに握られた手には、
手には、筒のようなモノを握っていた。
「かして!」 奪うようにそれをつかんでじっと見る。それは、少し茶色く焦げた後のある・・・白い練り物を樹脂で作ったモノ・・・。
「チクワの子なの、私。石田さんに誘われて、チクワの子になったのよ。私は助かるんだわ。あなたの席はきっと最初からお父さんが用意してる。・・・だから、私たち、またずっと一緒にいられるね」 鞆ちゃんの声に、心がざわめき続けていた。
「違う・・・こんなの、間違ってるよ。間違ってる!」 私にはどうすることも出来なかった。親友の鞆ちゃんの相談に乗ってやることも出来なかった。一緒にいたのに。おかしくならないための儀式を毎日ずっと、一緒に繰り返していたのに。なのに、いつの間にか、鞆ちゃんは、おかしくなっていたんだ。いや、ちゃんと順応していったんだ。現実に向き合っていたんだ、私と違って・・・。
「・・・ねぇ」
そのときの私は、なにもかもがグチャグチャだった。だから、私は誰も彼もを失って、追い詰められたネズミのようだったのかもしれない。ネズミが隙間に入り込んで、何もかもをめちゃくちゃにして、最後に猫を噛むように・・・。
結論から言うと、私の反抗は失敗した。気が付いたときには宇宙船の窓から外の景色を眺めていたし、扉には外から鍵がかかっていて軟禁状態だった。当たり前だ。もう一機の脱出用宇宙船の存在を暴露し、ハリボテで動かない『浄瑠璃』に政府要人をすべて残すチクワの計画を公表し、そして、父をチクワから解放するつもりだった。あのとき、
「お父さん!」 宇宙船のデッキからこちらを眺める父の顔。疲れた顔だった。久し振りに見る顔だった。その顔のまま、胸に下げた筒を口に当て、音のない笛を吹いた。途端に四方八方からガスマスク達が現れ、私は意識を失ったのだ。
「さて、まずは鞆ちゃん、それからお父さん・・・かなぁ」
私はティッシュペーパーを耳に詰めて、胸に下げられていたチクワのひもを引きちぎった。
出来るかは分からない。無理かもしれない。
だけど、諦めたくはなかった。