1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

篠笛始めました。

なかまくらです。

部活動で興味を持って、篠笛を始めてみました。



まずね、音が出ない!笑

そっからですか、そっからですね。

リコーダーは吹けば音出たのに! ですよ。

なお、私、物理学を専攻しましたから、理論は分かるんですよ。

管の共鳴を利用した楽器なんですよね。

そんなこたぁわかるんですよ。理論は完ぺきなんですよ。

ねっ。

で、とにかく練習しまして、出るようになりました!!

私の初めは、とにかく、穴を一つも押えない状態で、

唇を横に引いて、破裂音(プッ)、という音で鳴りました。

むしろそれ以外では鳴らない。

唇から出す息の形は試行錯誤しつつ、とにかく音を繰り返しだす。

これを繰り返して、プッの音を伸ばしていく。

まだ、低い音は出ません~笑

                つづく。





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【掌編】花道を探して

なかまくらです。

400字くらいの掌編です。これは、膨らめよう膨らめようと、それはもう、高校生のころから思っているのですが、そのままになっている話です(笑)。
何故かっていうと、その考えている膨らめかたが、なんかフツーだからです。
そういうフツーの話を読ませる物語にするには、まだまだ私の演出力が足りないんですよね。
と、いうわけで、なんとなく様子だけでもどうぞ。



空から降ってきた一輪の華。その花に触れた途端、地面に花が咲き誇った。遠くの方に工場が見える。工場は、煙を休むことなく空へと送り出している。花は広がっていく。やがて、地平の先まで広がっていって、その先が見えなくなった。蒸し返るような香りが僕を包んだ。その香りに今は、トイレしか思い出せない。歩き出す。一輪の花を胸のポケットに挿しこんだ。華が揺れ、僕は笑いながら歩いた。なんだか愉快な気分だったのだ。歩いた場所が花道になる。遥か向こう、後ろの方で、工場が華に包まれて散った。





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お久しぶりです。

なかまくらです。

20日ほどおやすみしましたが、そろそろ復活しようかと思います。

また、よろしくお願いします^^。






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しばし、忘れられるのもいい。

なかまくらです。うん。


しばし、ブログお休みします。

またっね~( ̄  ̄)ノシ






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「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」観ました。

なかまくらです。

「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」観ました。



あらすじ。

リーガン・トムソンは、今はすっかり落ちぶれてしまったが、

20年前は、ハリウッド超大作「バードマン3」で主役をしていた。

そのリーガンはレイモンド・カーヴァーの短編「愛について語るときに我々の語ること」

のブロードウェイでの上演に役者人生にかけていた。

その上演の直前、役者が1人、怪我で降板する。

かわりに見つけてきたマイク・シャイナーはとんでもない男。

役者としては一流だが、性格は最悪。空気ってものが読めない。

あるいは、読めないふりをしている。自分のことしか考えていない。

そんなまま、プレビュー公演を迎えてしまう。

この芝居のラストシーンは、リーガン扮する男が、

妻を寝取られ、自殺するシーンで終わる。

「もう自分は愛されていないのだ。なら、俺はもう存在しないも同じだ」

そう言い残して。

プレビュー公演は回数を繰り返していく。

リーガンは妻に見捨てられていた。

リーガンの娘は、ドラッグ中毒のリハビリをしていた。

リーガンは、娘とうまく話せないでいた。

「もう自分は愛されていないのだ。なら、俺はもう存在しないも同じだ」

リーガンの奥に潜むバードマンが囁く。

「お前がバードマン4をやれば、大ヒット間違いない」

リーガンの娘は、自分勝手なマイク・シャイナーとキスをしていた。

リーガンは、ネットをやらない。

だから、インターネットの普及した現代において、

彼は、とっくに忘れ去られた存在となってしまっていたのだ。

ところが、トラブルで街をパンツ一丁で闊歩したリーガンは動画サイトに登場する。

そんな中、プレビュー公演が終わり、初日を迎える。

初日。

1幕の評判は上々。

それを知らずに最後の幕の出番を待つリーガンの元に、別れた妻が訪ねてくる。

リーガンは、妻と別れた後に入水自殺をしようとしていたことを元妻に打ち明ける。

そして、リーガンは、銃を手に、最後の幕を引きに舞台へと上がる。

「もう自分は愛されていないのだ。なら、俺はもう存在しないも同じだ」

そう言って、銃の引き金を引く。

その銃は本物であり、リーガンは鼻を吹き飛ばされる。

そして、世間の話題をかっさらうことになる。

リーガンは、バードマンに別れを告げ、自由になったのだ。


そんなお話でした。


・・・ん? アカデミー賞4部門を受賞した本作ですが、

これって、そんなに一般受けする物語かな?? と思いました。

でも、確かに面白い・・・かもしれない物語でした。

かも・・・というのは、理解できたような理解できなかったような、

というところで、もう一歩踏み出せない感じになっているからです。

「もう自分は愛されていないのだ。なら、俺はもう存在しないも同じだ」

この言葉を、初め、リーガンは全く分かっていなかったように思います。

けれども、舞台を作り上げていく中で、自分という人間が愛されていないことを、

感じるようになっていく。それは同時にバードマンからの離脱を意味している。

バードマンから離れ始めたリーガンが発した言葉は、

ようやく、劇中の言葉を真実味のあるものにした。

だから、その舞台は称賛された。

そういうことなのだと思います。そんなどこかしっくりこない物語が、

私に、うまく言えないこんな思いを抱かせるのだと思います。

そんな映画でした。

そうそう。この映画は、まるで、ワンカットで撮られているようでした。

初めから最後まで、連続した1シーンのように、次々と出来事が起こるのです。

そんな不思議なつくりでした。

そんなところは、ちょっと芝居がかっている面白い挑戦だなぁと思いました。


引越してきて初めて映画館へ行きました^^

これまでと違う映画館。車で30分の場所でした。

もう一館近くにあるので、今度はそちらにも足を延ばしてみようかな。

おわり。





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