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1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】闇に注ぐ
なかまくらです。

小説を書きたくなったので、2か月ぶりに新作です。

こんな時代ですが、暗闇の中に希望を探したい。

では、どうぞ。


「闇に注ぐ」
                     作・なかまくら
      

1日に夜は2回来るようになった。長い夜と短い夜が1回ずつ。
今の時間は2つの人口太陽が西の空と東の空を飛んでいた。
「ネリキ、お弁当は?」
「そんな時間かー!? 待ってたよ」
ネリキと呼ばれた青年は、パイプをつないでいるボルトの緩みがないか、確認を続ける。
「あーーん」
ネリキは、手を止めずに口を開ける。
「もうっ! 心を込めて食べてよね」 と言いながら、バスケットの中のサンドイッチを口へ運んでいく。もちろん、作業をしながらでも食べやすいように作ってある。
「うましうまし。うっ・・・かたし、」
「えっ、かたい!?」
「むぐむぐ・・・ボルトかたし」
「あーそうですね。もー、そんなにボルトが好きならボルトでも食ってればいいんだわ」
「ご、ごめんって! なぁ、イーサ」 ネリキは慌てて飲み込む。その慌てたままの手に握られたスパナが振り回される。
「あぶなっ!」 イーサと呼ばれた女性が頭を守ってしゃがむ。
「こらぁああっ!」
ごん、と鈍い音が鳴った。
「うごがっ!?」 ネリキは頭を押さえて、土の上をのたうち回る。
「スパぬぁっ!!? 痛った!? 親方それ・・・は・・・(がくっ)」 ネリキは動かなくなった。
「ネリキ!? ネリキ!?」 イーサが揺さぶるが、反応はない。
「それが、おめぇがイーサの嬢ちゃんに向かって振り回したものだってこと、分かんなくちゃなんねえ」 そうやって、厳しい顔をして見せる親方は、それから頭をぼりぼりと書いた。
「・・・とまあ、それにしてもちょっとやりすぎたか。こりゃあ、この後の周回はこいつには無理だな・・・」
「え、じゃあ、」
「しゃーねーな。2週目行ってくるわ。えーっと、整備は終わってんのかな?」
「途中だったと思います」
「やれやれ、まだまだ半人前か。あー、こっからだな」
そういって、てきぱきと親方は作業を終わらせた。
キラキラと七色に光る鉱石を炉にくべると、消えないように最低限燻っていた炎が途端に太陽のように輝きだした。
「何度見ても、綺麗」 イーサがそんな感想をつぶやくと、親方は笑う。
「あまり炎に見とれるな。俺も吸い込まれそうになることがある。けどな、光っているものに照らされているとな、自分の光を忘れちまう。火が消えた途端に、真っ暗になったように勘違いしてしまうんだ。それだけはならねぇ。大変な時代だ。それを乗り越える灯火はいつだって人間の中にあるはずなんだ」
人工太陽は、ガタガタと震え、炎を吐き出すのを今か今かを待っているような様相になってくる。それは、どう猛な龍。あるいは毛を逆立てる虎。あるいは人間の手には負えない何か神々しい存在のようで、襲い掛かるべき獲物を目の前にしているようだった。
「・・・じゃあな」 そう言って親方はその生き物のように震える人工太陽に乗り込む。
「お気をつけて」 イーサはなんとなく怖くなって、そう言った。
「あ、ネリキに虹の鉱石を買い足しておくように伝えといてくんな」
「はいっ!」 イーサは、柵の外に出る。人工太陽は地面を焼きつくしながら、浮上する。突風が吹き、イーサは柵の外側に立ててある支柱につかまる。やがて人工太陽は高度を上げて、西の空へと飛んで行った。遠く、遠くへと飛んで、地平線を覆うように並ぶ真っ黒なビルの後ろに消えた。
それから、どれくらいかわからない時間が経った。
1日に夜は1回来るようになった。長い長い夜が1回。
「忙しい?」 イーサが軽いバスケットを提げて、立っていた。
「忙しいね。もう一基あるといいんだけど」 そうボヤいて立ち上がったネリキはどう見ても忙しそうには見えなかった。
「ううん、今のままでもまあまあやっていけるよ・・・」
「そんなこと言うなよ。俺は嫌だ。こんな世界で生きていくのは嫌だ・・・こんな、暗い世界は・・・未来の見えない世界は、嫌なんだ」
「・・・うん」
ネリキは、あれからずっとそうだった。あの日、親方は帰ってこなかった。どこへ行ったかも分からなかった。暗黒地帯のどこかに落ちたのだろうことは想像できた。そこは計画黄道から外れた場所で、1年中、闇が晴れることはない。人が諦めた、人のものではない土地となっていた。だから、親方の行方も人工太陽の行方も分からないままだった。不作は進み、近くの市場を行き交う人も品物も次第に減っていった。
ネリキは、ずっと悔やんでいた。イーサはそれを知っていた。
「ねえ、松虫が鳴いてるよ」 イーサはそんなことを言ってみる。
工場として建てた小屋の周りの草の物陰にでもいるのだと思う。
「・・・・・・」
「チンチロリン・・・とは聞こえないかなぁ」 イーサの言葉は夜の闇の中に吸い込まれていく。それでもイーサは、闇に吸い込まれる言葉の一部でも、ネリキに届いていればと、言葉を注ぎ続けた。
「昔の人は、どんな暮らしをしていたのかな。私たちは、物心ついた頃にはもう、これが当たり前だったから。太陽って明るかったのかな。月って、どんな星だったのかな。ねえ」
「・・・ああ。そうだな」
暗いけれども、辺りは決して静かではなかった。虫たちが鳴いているし、蛙がゲロゲロと鳴いていた。太陽のあったころに比べると雨も減ったらしい。生き物も随分と減ったらしい。けれども、確かに息づいている。イーサたちも生きている。イーサの感じているその今の瞬間を、ネリキとも分かち合いたかった。ここ最近はいつかくるその瞬間をずっと待っている気がしていた。
「これは・・・?」 イーサがネリキの足元で仄かに光を灯す機械の前にしゃがんだ。
「緑色の屑鉱石で作った機灯(ランタン)。暗いけど」
「ねぇ・・・」
「先、帰ってくれよ」
「・・・うん」 イーサは立ち上がる。それは今日じゃなかった、それだけのことだった。
イーサは聞いてしまったことがある。
丘を上がっていくとネリキの小屋が見える。イーサはバスケットを持ち直して、明るい気持ちを引っ張り出して、それからその入り口から、見えるネリキの後ろ姿に声をかけようとした。でも、突然叫び声が聞こえて、イーサは立ち竦んだ。
・・・そう言われた気がして僕は走って逃げた! と聞こえた。続けて、叫ぶような声。
「・・・そう言われた気がして俺は走って逃げた!・・・そう言われた気がして俺は走って逃げた!そう言われた気がして俺は走って逃げた!」
ネリキは3度、続けて叫んで、気づけばイーサは耳を塞いでいた。小屋の壁に寄りかかって、そのままズルズルと背中を寄せたまま座り込んでいた。
混乱。そして、断絶を感じた。自分を傷つけるためだけの悲鳴のようだった。ネリキの闇が流れ込んでくるようで、怖かった。
「ねえ、君は、なにを言われたくないの? なにを言われたくなくて、あなたはそんなに怖がって生きているの・・・」 イーサはその言葉を心で何度も反芻して、それから、静かにその場を離れた。
イーサは聞いてしまった。けれども、それからも時間の許す限り、ネリキのもとを訪れ続けたのだ。
だから、ネリキの作ってくれた機灯(ランタン)は嬉しかった。あなたのせいじゃないんだよ。なんて言葉はきっと意味がないのかもしれないし、その言葉を言ってしまった時のネリキの顔が想像できなくて、イーサには言う勇気がなかった。ただ、親方の作りかけだった人工太陽を完成させるなら、ネリキしかいないと信じていた。世界を救うのはきっとネリキなのだと信じていた。
イーサはネリキを待った。この辺りの寒さは一層厳しくなっていた。辺りは薄暗いか、暗い。作物の収量も次第に少なくなっていた。人類に残された2基だけの人工太陽は、掠めるようにイーサ達の住む地区を通り過ぎていく。太陽を失った地区の民に対しての批難なのは明らかだった。人工黄道も変更を余儀なくされたのだ。それでも、限界が近づいているのは明らかだった。村の人に頼みこまれて、イーサはついにネリキを説得することを約束させられてしまう。
だから、今日のイーサの足取りは重かった。
「ねえ、ネリキ。・・・あのね」 イーサは久しぶりに食べ物がいっぱいに詰め込まれたバスケットを両手で前に持った。
「イーサ、渡したいものがある」 ネリキはなんとなくいつもと違うように見えた。
「・・・うん」
ネリキの小屋に入ると、赤と青の機灯(ランタン)が灯っていて、その下に、緑色の植物が育っていた。
「・・・なにこれ。すごい」 イーサは驚いていた。その植物は人工太陽の光を惜しみなく浴びてきたかのように、生命力にあふれていたからだ。
「いろいろと調べ物をしてて。親方の持っていた文献から見つけたんだ。植物が育つ光の色は決まっているって・・・。それで作ってみたんだ」
「もういいの?」 イーサはハッとして口をふさいだ。しまった、と思った。
ネリキは驚いたようにこちらを見つめるだけだった。それから、少しだけ歪な笑みを浮かべて。
「正直、思い出せば苦しい。でも、まずは今日1日、頑張ってみることにしたんだ」
「そっか・・・何かいいことでもあった?」 イーサは久しぶりに何も考えずにそう聞いて、
「植物はさ、赤と青の光で育つんだって。じゃあ俺たちは? 俺たちは何色の光があれば生きていけるんだろうな。贅沢だから七色、全部の光が必要なのかもしれない。親方を失ったばかりのた俺にとっては夜の闇の光だって必要だったのかもしれない。ただ、イーサがくれたものを、今度は俺があげたいんだ。少しずつでも」
「少しずつでも」
少しずつ・・・少しずつ・・・
小屋の中には、球体の機械がある。部品も足りず、鉱石も足りなかった。
けれども、忙しく動きまわる青年がいて、バスケットを持った女の人がいて。
そこには希望があった。





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