なかまくらです。
サークルKの消滅を偲んで書きました(謎。
どうぞ。
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「おい、CBTについて知っていることをすべて話せ」
突然かかってきた電話に、その後藤の裏返った声に、思わず捻りを加えたファッションの最先端を行くスマートフォンを捻じり返した。
「CBT? 新しいテレビ局の名前みたいだな」
言いながら、その言葉をベッドの横の電話第に置かれたメモ帳に記録する。
「いまどこだ?」「休暇中なんだ、と主張してみる」
せっかくの休暇だった。CBTという文字をぼんやりと眺めながら柏尾はぼやいた。電話越しにしばらくの沈黙。その後、地の奥深くからせりあがってくるような声が響いてきた。
「お前の休暇が終わった瞬間に俺のすべての有給休暇と現代の科学の粋を結集して、お前のすべての仕事をプルプルさせてやろうか?」
「ひえっ・・・!」「今どこだ?」「素元號ホテル」「アパートの近くじゃないか。迎えに行くから待ってろ」
久しぶりの休暇はわずか、自宅から数キロの町で終焉を迎えようとしていた。
「せめてもう一回風呂に入っておこう・・・」
柏尾は、あの風呂場を思い浮かべてニヤニヤする。そう、高級木材を惜しみなく使ったあの風呂にもう一度入っておこう、せめてこの儚く散ることを定められていたであろう休暇の終わりに。
*
「CBTは、人々の感情とともにあった」
ホテルにやってきた後藤は、そう言ってスマートフォンを机に置いた。画面の表面に貼られたフィルムが気化し、ホログラム生成アプリを通して、動画が三次元に投影されていく。そこに映し出されたのは、いくつかのものだった。
「欠けた石、鍋、乗り物と思われる金属の扉、ぬいぐるみの名前、などが今のところ発見されている。そのうちの一つがこれだ・・・」
そう言って、後藤はCBTと油性マジックで書きなぐってある茶封筒から“欠けた石”を取り出した。
「表面を指でなぞってみろ」
表面には、確かにCBTの文字があった。言われるままに柏尾はその表面をなぞった。
すると突然、視界がぐらりと揺れた。
「安心しろ、夢のようなものだから」
そういう後藤の声が、どこか遠くのほうで聞こえた気がして、それを最後に、どれくらいの時がたったのだろうか。
気が付くと、操縦桿を握っていた。
「先輩! まだやれますか?!!」 声が響いていた。ずっと前から呼ばれていたような、そんな気がして、一気に記憶が戻ってくる。
「すまない! 能動型の攻撃を受けた。再起動をかける。30秒時間を稼いでくれ!」
「言われなくても、さっきからずっとやってんだよ!! 早くしろよ・・・俺は気が短いんだ!」 さっきとは別の声。まだ若い声だった。
カシオは叫ぶと同時に、操縦桿を一度、押し込んでマシンを停止させた。正面のモニターの表示がすべて消える。そして間髪入れずに操縦桿を再び引き戻す。ヒト型のそのマシンのどこかで、灯が灯る音がした。画面に文字が躍る。CBT(Crystal Burn Technology)と表示され、クリスタルが鳴き声を上げるようにして燃え始める。人類が敵性生物に対して生み出した戦うための唯一の手段。クリスタルという鉱物を燃やし、莫大なエネルギーを得て動かす機械の巨人。画面が復旧し、外の風景が映し出される。停止時に凍結された駆動部分が融解し始め、柔らかな人工関節が振動を始める。起動まであと少しだった。あと少しのところで、人類の最後の敵となった能動型エネルギー生命体は、致死量のγ線をぐるりと一周放った。
焼け付いた画面の中で血を吐いて、意識を失った・・・。
「おい、CBTについて知っていることをすべて話せ」
突然の問いかけに、柏尾はしどろもどろになる。
「あ、え、CBT? クリスタル?」
そうか、なるほど・・・後藤はしきりに何かを書き始めた。そうか、自分は柏尾で、この目の前の男は後藤。仕事の同僚だ。後藤は、所謂オーパーツの研究で、オーパーツの作成原理の相談を工学系を囓りながら、工場で働いている自分は引き受けているのだった。
「さて、次、行こうか」
茶封筒から取り出されていたのは、鍋。
「ちょ、ま・・・」
気が付いたら、助手席でぬいぐるみを抱えていた。そこには、検体:V012とあった。
「ねぇ・・・」
泣きそうな顔と目が合った。綺麗な女性で、その女性は、同僚で、おそらく生き残っている人類の中では、世界一の科学者で、カシオの好きな人だった。
「ちょっと、ブレーキ、とれちゃった」
そう言って、ブレーキペダルを拾って見せた。この車は、峠を駆け上がり、人類が生き残っている最後の高地へと向かっている途中だった。隕石を舐めたと思われる鹿と、拾って持って帰った50代の男。2つの感染経路から、始まった感染爆発(パンデミック)は、宿主を見つけた時にはもう手遅れになりつつあった。通常、全人類の2割程度は、ある特定の病気に対して耐性を持っているといわれる。しかし、2系統を通り、多様なウヰルスへと進化したこと、死体を食らう野生動物が次々と感染したことから、収拾がつかなくなっていた。しかし、彼女は諦めなかった。ウヰルスに対抗するナノマシンのデザイン、臨床実験までは終わっていた。あとは、これを高地に避難していると聞く、最後の人類に届けるだけだった。しかし、CBTとかかれたぬいぐるみは、カシオに抱かれたまま、曲がり切れなかった車とともに深い崖の底に落ちていった。
気が付いたら、皿の上にいた。ぼやける視界で周囲を見渡していると、
「ちょっと! 静止質量が知りたいんだ」
目の前には、白衣を着た老人がおり、難しげな顔で、目盛りを読んでいた。
「電気抵抗で測るしかないからねぇ・・・まあ、おおむね65kg。いまは、危ない薬は処方できないのでな。おおむねでよろしい、ほい風邪薬」
「風邪薬・・・どういうことですか?」
柏尾が尋ねると、
「おや、記憶の混乱もあるようじゃな。川を流れていたところを拾ったのさ」
「川に? ・・・ありがとうございます。ところで、質量が・・・といいますのは」
「おや、記憶喪失は数年分かい! 質量を決めていた物理定数の測定技術が落ちてきて、それはニュースになったもんだよ。そこから、慌てて質量を定義する“原器”をその時の最高技術で作り直したが、これが、最近、レプリカとすり替えられてしまったようなのさ」
「・・・はあ」
「事の深刻さが全く分かっていない! 薬はね、人を生かすも殺すも分量次第! ところが、その分量がいい加減とあってはどうなるね? 正しい分量で作らんでどうするね。そこに煮立っている鍋だって同じだ。その鍋ももう、これで最後だ」
鍋が煮立っていた。鍋にはCBTと刻まれていて、おでんが煮立っていた。
*
気が付くと、誰もいなかった。ホテルの柏尾の部屋に戻ってきていたようだった。
世界中で突然同時に現れた、“CBT”の遺物。脳裏に浮かぶ滅びの映像(ヴィジョン)。CBTとは、なんらかの危険を表す信号なのか、侵略者のトレードマークなのか。
「・・・後藤?」
静かな部屋に、返事はなかった。窓の外、天気は良かった。これからでも、休暇を取り戻せないだろうか。まずは、そうだ。眼下に見える・・・あの、足湯に浸かりながら温泉卵でもどうだろうか。そのガラスに柏尾の背後に迫る影が映る。
とっさに柏尾は、前に転げて、落ちていたライターに火をつける。
「CBT! まじかよ・・・っ!」
そこには、ふやふやと空中に漂う茶封筒が存在していた。表面にはCBTと油性マジックで書きなぐってある。
一瞬の迷いののち、ライターを火が付いたまま、見るからに高級な絨毯に落とした。
ウール100%の絨毯があっという間に火の海になっていく。所詮は茶封筒、とどのつまりは紙でできている。その最後を確認することなく部屋を出た。
この世界にも破滅が近づいている。
柏尾は震えていた。