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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】仇の肩のたたきかた

なかまくらです。

去年書いたままになっていたのを公開しておきます^^

もうちょっと地続きの話になるはずが、ならなかったお話でした ̄v ̄;

どうぞ~。


「仇の肩のたたきかた」

                       作・なかまくら


あるとき瀧一郎は、施術士であった。
その指には自然と生命のエネルギーが集まるそうで、「まるで魔法のようね」と頼ってくるお客さんも多かった。瀧一郎は、自分の夢を追いかけ、そして少し老いたその手を見た。テーブルの上には小さな指輪が置かれている。かつて、自分に無限の勇気と力を与えてくれた指輪だった。「あなたの行く先にたくさんの幸福がありますように」と祈りを籠めて贈ってくれた指輪だった。
ある昼下がり、珍しく予約は入っていなかった。
ふうわりと、風が暖簾を押すようにして、ひとりの男が入ってきた。その男は、なんの風格もなく、それ故に、ただ者ではないように見えた。「回復施術の名士がいると、聞いたのだが」男が口を開くと、瀧一郎はなぜだか非道く血が騒いだ。ベッドの脇でいつも鈴の音を響かせてくれているスズツキ虫のスズキちゃんが、ひとつ、リーンと鳴いた。虫の知らせも届いた。
「私がそうです。どうぞ、そちらのベッドへうつぶせになってください」
瀧一郎は、動揺を隠そうと、心の中で童謡を歌う。あれまつむしが、ないている・・・。
うつぶせになった男に瀧一郎は昔の仕事道具のひとつである布をかける。男のつむじは、見たことのない回転力で渦巻いていた。そこで、瀧一郎の中で何かが、フラッシュバックして、「うががががっ!」そのダメージで、後ずさりをする。「やるな、・・・よ!」なんだったか、それは、忘れてはならない、ことのはずだった。
「全身くまなく、あざなく・・・むしろあざとく! のコースは今日はあるかな?」男の声に、ハッと我に返る瀧一郎。「あります」「では、よろしく頼む」男の背中は布越しにも傷だらけであるのがよく分かった。そして、内側、臓器や筋肉もボロボロであることが瀧一郎にはよく分かった。「お客さん、随分と疲れていますね」「ああ・・・そうだな。眠ってしまえたら、楽になれるのかもな・・・」「お仕事、ですか?」「まあ、そんなところだ」「・・・大変ですね」そう言いながら瀧一郎は、自分が無意識のうちに永眠の呪文をかけようとしていたことに気付いて、驚く。あの頃の自分のことはもう、思い出すことも少なくなってきていたというのに。だがしかし、もはや間違いないのだ。この男がそうなのだ。
あるとき瀧一郎の隣には女がいた。自分を疎外する世界で隣にいた女、小さな指輪、女、魔属への転生を決意させた女。その女にふさわしい男になったとき、女は反逆罪で、処刑台への階段を上っていた。
広場の前に集まった群衆を屋根の上から瀧一郎はしばし、見ていた。女の表情は、何故だか良く覚えていない。ただ、気が付いたら手にしたばかりの魔力を、ありったけ広場にぶち込んでいた。桶に水が溜まるように広場は浸水し、人間には到底受け止められないエネルギーに溺れて皆死んだ・・・はずだった! 一条の光が広場の中央から真っ直ぐこちらを貫く。「うががががっ!」そのダメージで後ずさりをする。「やるな、“勇者”よ」思わずニヤつく。うなじの特徴的な青年は、怒りに任せて広場から一足飛びに屋根へと飛び移り、ギラリとこちらを睨み付ける。「おまえぇぇ! なんてことをするんだ!」その表情は、だが、いま癒やしを求めやってきたこの男には、どうしても重ならなかった。ただ、男から伝わってくるのは、人々が暮らす世界、美しく悲しみもある、命のある世界、守るべきものを守ってきたその心であった。それから救えなかった命に対する、男のみっつの涙のわけも。いまは、瀧一郎も、その背中に乗っている・・・なぜだかそんな風に感じられた。
「・・・背中、温かいですね」瀧一郎は、そう声をかけていた。どうしたらいいのか、分からなかった。いいや分かってもいるのだ。
「温かい?」「ええ」行き場を探すエネルギーはいつしか溢れ、それは瀧一郎をも包んでいた。やることは分かっている。そう、臓器へ巡る血の循環、生命エネルギーの淀みを整えてやればいい。それだけで、快癒するだろう。
「よく言われるが、自分のことはいまいち自分でもよく分からないんだ」
男がそう言うのを聞いて、
「じゃあ、つぎ、肩のほうやりますね」
「いてててっ!」「強めの施術が売りですから・・・! ちょっと我慢しててくださいよ~」
せめて、最後に全力で叩いておいた。





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