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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】目的の鍵

なかまくらです。
「改札」という単語をテーマにした小説を書こうという企画でできた作品のうちの片方。
もう一方のほうが面白くかけたので、こちらは本日公開です^^

久しぶりの発表ですねぇ。
「目的の鍵」
 
 
 
切符が挿入されると物語が再生される。
電気と磁気が黒い面に立体的ビジョンを作り出していく。
それは白い甲冑の姿、発行No.1636747の切符の化身、イムサムナシナ、この物語の主人公である。
彼イムサムが、門の前に立ってしばらく経つと案内役の老人が現れる。
「こんにちは」イムサムが声をかけると、
「この門の向こうにはいくつもの困難が待ち受けている」老人は唐突に語り出す。
「その困難を乗り越え”目的の鍵”を手にすることができたならば、先への道は開かれるであろう」
おそらくは何度も何度も繰り返し言ってきたのであろうその言葉は、少しの応援と少しの諦観を響きの中に隠していた。
「門を通りたいのですが・・・」イムサムがそう言うと、
「通りたいというのならば、通ればよい。なぜ通りたいと願うのか、私には理解が遠く及ばないが」老人はそう呟く。イムサムが門をくぐった後、少年の姿に変わってどこかへ駆けていった。
 
 
しばらく石畳の回廊を進むと、開けた場所に出た。薄闇の中で、広間の出口は見えない。イムサムは壁伝いに進むことにした。壁には装飾が施されており、その装飾をなぞると光を帯びていった。イムサムは気づかない。一連の魔法呪が光を帯びると、それは発動した。
「あぶない! 上よっ!」
イムサムが上を見ると、側壁に巨大な蜘蛛が留まっているのが見えた。
「うおぁあああっ!?」
イムサムは横っ飛びで飛び退くと、さっきまでいたところに白い糸が一束降り注ぐ。
「あぶなかったわね! バグズは初めて? 援護するわ」
一人の同じくらいの年頃の女の子が横に立っていた。スラリとした腕を前に伸ばすと、呪文を詠唱する。
伸ばした手を詠唱した魔法呪が光を帯びて回転し、一連の魔法を完成させていく。
「火よ!」
燃え上がった一端から、蜘蛛の巣全体に火は広がっていく。
焼け落ちた蜘蛛の巣から、たまらず蜘蛛が落ちてくる。ズシンという足音。
改めてみれば、足の一本一本が、イムサムの慎重と同じくらいであった。
 
「脚を切り落とすのよ!」
彼女の言うように、剣を振るい、一本、また一本を落とし、最後に脳天に剣を突き立てた。
 
「コングラッチュレイション!見事だわ」彼女は手をたたいて喜び、
 
「私はローラ。あなたも目的の鍵を? 一緒に頑張りましょう」イムサムはその手を取った。
 
二人はそれからいくつものバグズとの戦いを乗り越える。二人は喧嘩もしたし、笑いあいもした。互いに励ましあい、お互いを認めて信頼していた。イムサムはただ、彼女が時折見せる寂しげな表情の意味、それだけが分からなくて、それだけが気がかりであった。
 
最後の部屋にたどり着いた時、それが明らかになるわけだが、イムサムはその前に話してくれることを願い、そして、それは叶わなかった。
 
薄暗い部屋に、松明の光がぼうっと灯って二人に影を落としていた。突破した扉の前に群がるバグズをイムサムが引き受け、ローラが先に部屋に入る。遅れてイムサムが入ってきていた・・・。
 
「ほら、”目的の鍵”よ」
 
肩で息をするイムサムに、ローラは道を開ける。
 
「君の分は・・・?」イムサムは、不安に思って聞いた。
 
「私? 私は、ほらもう待ちきれなくなっちゃって先に取っちゃったから」
 
ローラに目を向けると、彼女は目を伏せていて、イムサムが見ていることに気が付くと、その瞳を向けてニッと笑って見せた。
 
「そうなんだ・・・」イムサムもそういう笑いを見せて、
 
“目的の鍵”に手をかけた。途端、光が溢れる。転移魔法が発動して、魔法呪の文字がぐるぐると回りだす。
 
「あのさっ!」イムサムは口を開けない。ローラは震える声で続ける。
 
「私ね、残らなくちゃいけないんだ。私がいないと家族がどうしようもなくてさ。私は私の目的でこの部屋に来たんだ。私は私の”目的の鍵”をここでちゃんと手に入れたんだよ! だから、安心して。私は私にできることを確認したかっただけだから。それが本当にならなくても、それを実現できることを確かめたかった。だから、私は・・・残るね」
 
彼女は、この時のために戦ってきていたんだと、彼には理解できた。同時にやっぱりその先に行かないことを全く理解できなかった。彼には彼女のことがやっぱりわかっていなかったのだ。最後の最後に、そんな一番初めの一歩に気付かされて終わるのだ。
 
 
 
 
 
彼は立っていた。
 
駅の床を叩く革靴の音。歩みを止めない人波を分けて立っていた。
 
振り返ると彼女が手を振っていて、
 
いってきます、と一言、つぶやいて、その言葉に代えた。
 
改札の向こうから。
 
 





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