なかまくらです。
ファンタジー。どうぞ。
「あなたの好きな世界」 作・なかまくら最後の授業で、「勇者になりなさい」と言われた。
その言葉をきっかけに、夜を形作っている暗黒の粒子が屋根を突き破る。そして、老いた先生の身体を圧し潰さんと降り注いだ。先生はかざした手に、光を集め、暗黒を退けようとするが、一瞬で見えなくなる。死んだのだ。僕たちは、先生に習った方法で光を集める。すると、暗黒は僕らを避けて、窓から流れていった。
外は夜とは思えないほど明るかった。囓られたような大きな丸い星がひとつ。それから無数の形の分からない星が空に灯っていた。
「これが、・・・月」 僕がつぶやいて、
「綺麗ですね」 隣に女がひとり、立ってぼそりとそんなことを言った。
先生は才能のあるものをどんどんと転入させていた。だからだろう。僕は彼女とそのときに出会った。
僕ら勇者は、何人かずつに分かれて姿を眩(くら)ませた。街に寄り、夜魔を伐(き)る特別な武器を調達した。街に近い森で初めて夜魔を伐ったときには、眠れなかった。手の震え。伝わってくる感覚は、暗黒の粒子の振動。勇者は、光を手に集めて、夜魔を伐るのだということを改めて理解した。
初めて2体の夜魔に遭遇したときには、生きた心地がしなかった。
牽制しながら、一方の夜魔のほうへと回り込んでいく。足下に根っこがあり、躓いた瞬間に2体が同時に額の角を振り立てる。
「あっ・・・」 遅れて自分の身体が流れていることに気付く。
胴体は別の力で浮かんでいるような、夜魔のか細い脚が驚くほど確実に地面を捉えると、距離が一気になくなる。今にもその角が肉に食い込もうとしたとき、僕はようやくありったけの光を身体の表面に集めて、身を丸めるところだった。
死んだはずだった。死んだはずだった僕は、ただ、光に包まれていた。
<光の・・・>
そう、僕は選ばれた存在だった。先生が言っていたことを思い出す。
「光の※●◎の出現は、もはや待てないのだ」と。
それは、全身でどっと冷や汗をかいているような、気持ちのいいものではなくて、<光の勇者>である実感なんてものはなかった。
それから僕は、夜魔の巣を巡り、奴らの失われた生態の情報を得て、種族の長が現れる場所を見いだすのだ。
*
「綺麗ですね」と言ったのは私だ。
すると、リュパは「僕もそう思う」と一言だけ返してきたのだ。漂う時間を見て取って、彼とは光の波長が合うと思った。
光の位相が揃えば、一人の力ではなし得ないことができる。リュミ、君の力はそういう力だよ、と先生は言ってくれた。
「太陽の光を反射しているんだ」 リュパがそう言って、
「まるで、私みたい」 おそろしく恥ずかしい台詞が出てしまう。
「ははっ、なにそれ」 案の定笑われて、私は顔を上げられない。そんな私に、
「いいよ。倒すのは僕だ。君は、隣でそうやってただ光っていればいい」 彼はそう言った。けれども、私は、リュパと魔王を倒そうと決めた。彼の力になろうと決めた。
先に夜魔を倒したのは、リュパだった。まだ街の明かりが見える、森の中だった。
「リュパ、リュパ。心配することはないわ。私があなたを癒やすもの」
震えるリュパに私は、声をかけ続けた。私の光は、手に上手に留まらず、別の物質に留まらせることしか出来なかった。だけど、そのとき、ようやく私は、その力をもつ自分ことを誇らしく思ったのだった。
※●◎は、蝕まれていくのだ、と先生は言った。夜魔を伐ることで光は集まりにくくなる。誰もが戦うほど強くなる。同時に魔王を倒す術を失っていくのだ。
「リュパっ!!」 私が声を掛けたときには手遅れだった。夜魔が2体。
「くそっ・・・罠かよ」 リュパがそう言いながら、ゆっくりと剣を振動させる。光がリュパの手と剣の輪郭をなぞっていき、やがて目映い光を纏った。ひとつ息をしずかにはいて、すう。それから、そろそろと円を描くように足を動かす。リュパには編み出した光の技がある。上段に構えて大きく剣を振り下ろすことで、光の刃を飛ばせるのだ。その直後には、光を完全に失うから、2体がちょうど縦に並んでいる必要があった。恐る恐る歩を進めるリュパを私は見ているしかなかった。私には力がなかった。2対2なのに、私には何も出来なかった。握りしめた拳は光るけれど、その光は私からどんどん流れ出して、地面へと落ちて溶けてしまう。それでも、と、腰の短剣に手を掛けた。
―――例え、暗黒の粒子に多少蝕まれても、死ぬよりはましよね。
体勢を低くし、身構えた。そのとき、「あっ・・・」声だけを残して、リュパの姿が不意に消えた。自分が飛び出したのに気付いたのは、もう後戻りできないところまで来てからだった。2体の夜魔が丸い卵形の胴体に生えた角を競い合うように突き立てる。
「いやよ・・・」 口をつく言葉。そこは、リュパが消えて見えなくなった当たりの茂みの中。失いたくはなかった。周りのすべてがスローモーションに見えた。光だけがやけに眩しくて、視界の端でチカチカと瞬いていた。
「うそ・・・<光の・・・>」 2体の夜魔は消し飛んでいた。
リュパは光の勇者となっても変わらなかった。
それから私たちは、いくつもの夜魔の巣を巡り、奴らの失われた生態の情報を得た。夜魔たちは、緻密な組織を作る生物であり、その頂点に君臨するのが、何体かの魔王。彼らのうちの1体の会議の時間と場所を突き止めたのだった。
そして、あの日、彼はいなかった。
私は、その少し前から時折、身体が言うことを訊かなくなっていた。彼は、そういうときは、ひとりでフラッと夜魔を伐りながら、一日を潰すのだが、今日はそうではないと分かった。一人で行ったのだ。私は、光の魔法を練り込んで作ったドレスを頭からかぶって、短剣を引っ掴む。そして、身体を引き摺るように飛び出した。
ありえない、と思った。
よりにもよって、置いてくなんて。「また今度にしよう」なんて気をきかせる男ではないのは分かっていた。けれど、
「勝てないことはしないと思ってたよ!!」 私は、風よりも速く駆けた。全身がまるで光に包まれたようだった。光線のように、洞窟に飛び込む。通路に夜魔の亡骸が転がっていた。透明になっている具合から、まだ、そんなに時間が経っているわけではない。通路の先が開けていた。そこに私は無茶を承知で飛び込んだ。
「バカなの!!」 私は、涙が止められなかった。
壁にぶつかり、ずり落ちたのだろう。服のめくれ上がった状態で、・・・リュパは、それでも私を見てくれなかった。もはや剣は一切の光を帯びてはいない。身体を覆う光も弱々しく明滅を繰返すばかりだった。それなのに、私の声にリュパは「来たのか」と、億劫そうに、一言だけ。遠くの方で、魔王だろうか、夜魔とは違う風体の何かがニタニタと笑っていた。
「分かっていたの。たぶん最初から。あなたの好きな世界に、私はいないんだわ。あなたは、一度だって私のことを見てはいなかった。自分の冒険に箔をつける、くらいにしか思っていなかったでしょう」
私がそう言うと、リュパは驚いた顔をした。
「私、大切にされてなかった! それでも、いつかって思ったし、それでもいいかって思いもあった。私はそれが悔しい! 大嫌いだわ!」
私には言葉を発しながらも、それをどこか遠くから見ていたような錯覚があった。私の光は拳に留まることを知らず、地面に溶けていく。それは洪水のように溢れ、行き先を探してリュパに流れ込んでいった。そして、リュパは最後の力を振り絞って、剣を大上段に構える。それから複雑な表情で、振り下ろした。
~あとがき~
大嫌い! って言って、魔王を倒すって、、、斬新だと思ったんですよ。ええ。