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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】Holiday From Real

新作です。久しぶりに書きあがりました^^。

どうぞ。

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Holiday From Real


作・なかまくら


2015.8.17


 


「最近父親に似てきたよね」 幼馴染がそう言うのが何故だか遠くに聞こえた。


「そうかな」 応じた声も、また遠い所に響いていく。ここの所ずっとそうだった。背中が疼く。それを爪でゲリゲリと齧(かじ)って擬(なぞら)えてみてそれから、青年は、両頬に手を当ててみた。少しこけた頬とよく垂れた耳。


「源二の顔なんて、ほとんど覚えていないんだ」 首を振って言葉の遣りどころに困った。遠くまで投げる様な言葉ではなかった。


「そうだよ。私の掌が、覚えているもの」 目の不自由な幼馴染がその女の子に似つかわしくない大きな手で顔をガシリと包み込み、そして笑っていた。昔の儘に。


 



 


家の前で別れを告げて、日比生は、郵便受けの上蓋を開けた。覗き込むと水色と緑色の封筒が、1枚ずつ入っていた。封筒は、必ず入口から入ってきて、出口から出ていくのだ。ならば、日比生は出口の前に立っているのだろう。日比生はひとつ息を吐いて、ふたつの封筒を取り出し、リビングの蒟蒻の様な机の上にぷるんと置いた。キッチンの方から声がする。


「手紙、来たのね。どこにいるって、あの人は」


「うん。消印は雨留磁(うるじ)になってるみたいだ」


「遠いのね」


母は、それだけをぽつりと漏らすと、火にかけたピーマンを躍らせる。日比生はその匂いを吸って、ソファアに深く沈みこむ。息を吐き、ソファアとの形の共有を試みる。水色と緑色、それを両目に眺めながらさらに息を吐き、身体の中の空気を絞っていく。・・・嫌なものだ。30秒ほどで、苦しくなって膨らむ。驚くべき残念なことには、日比生には、ただただそれが嫌なものではないということも、そろそろ分かるようになってきていたということであった。


「夕食前に済ませるか」


そう言って、日比生はソファアとの同化を諦めた。


 



 


封を剥がすと、二枚の便箋が出てくる。


 


『親愛なるHolidayへ』


 


そんな書き出しで便箋は始まっていた。ホリデイとは誰だろうか。それはいつものものと少し違っていたが、日比生は遠くの方でそれを眺めていた。


 


『元気でやっているだろうか。母さんと、妹の歌奈津をしっかり守っているか。こちらでは、ウロコドリの新しい捕獲方法に取り組んでいたのだが、』


 


読まれた文字から、紙の上をフワフワと滲んで浮かび上がる。働蟻がそうするように、しばらく紙の上を這い回っていたが、一匹が指先に乗り移るとそれを合図とするように、次々と文字が身体を這い上がってくる。袖の短い混麻の服の内側に入り込んでいく。日比生は、すっかり慣れてしまったその光景をしばし遠くから淡々と眺めて、手紙の続きに目を向けた。


 


『どうやら「私」がこれを読んでいるということは、最早私はこの世にいないということなのだろう。最後の時に、私はどういった表情をしていたのだろうか。いいや、そんなことはどうでもいいのだ。』


 


部屋にはどこからともなく風が吹き始める。見知らぬトリの呻き声が聞こえ、パチパチと肉が焼ける音が部屋のそこここに弾ける。


 


『・・・・・・分かっている。お前はこの手紙を最後まで読むだろう。世界が一変したあの夜・・・そう。街から看板が次々と崩れ去り、見知らぬ動植物が路上に氾濫した。数百年も昔のことだ。文字を失ったヒトが生きていくためにはどうしたらいい? 何故、古代、文字は絵の形をとっていたのか。ヒトはその残された壁画の本当の意味を知ったのさ。』


 


どこからともなく、イノシシのような動物が焚火に照らし出される。誰かが叫ぶ。「焚書坑儒!」書きかけの手紙が、書きあがった手紙が使い古された肩掛鞄に投げ込まれ、翻筋斗(もんどり)を打って、幾つかが零れる。蹴飛ばされた蒸発皿から血のインクが零れて拡がる。肩掛鞄は隆々とした尻にひとつ跳ね上げられて、運ばれていく。「走れ!」「頼んだぞ!」思い思いの声がその健脚の持ち主に掛けられる。


 


『そして、編み出したのがこの方法だった。ヒトを存(ながら)えさせてきたのは、牙でもなければ、爪でもない。経験の伝達だ。これをお前に伝える。お前だったものに、すまないと思わないこともない。だが、そうやって繋いできたのだ。これからはお前にも、ヒトという種のために、生きてほしい。 From Real


 


文字が腕に伝い、手紙であったものはサラサラと崩れ去った。


どこかから笑いが込み上げてきて、大きく口をあいて笑った。目を大きく見開いたまま笑った。五本の指を握り込んで、身体を大きく沿って笑うがままに笑って、転げてそれでも笑っていた。


 


部屋から出ると、炒めた野菜がいい匂いをあげていた。


「おかえり」 母だったヒトはそう言った。


「ずっと黙っていたんだ」


「ええ・・・だって、」


母だったヒトは、少し苦い笑いを立てて机に手を突いた。


「あなたは手紙を読まなかったでしょうから」


 


「・・・・・・だろうね」


気が付くと、両手を頬に当てて、少しこけた頬とよく垂れた耳の形を確認していた。


 


 


 


 


 






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