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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

palet

やっぱり、趣味じゃなかった。



パレット
作・なかまくら
2012.4.16
 
 
ぱたん。
ドアが何事もなかったように閉まると、さっきまでのことが背中の後ろにいないことに安堵する。
 
音がひとつひとつ遠ざかっていき、
数分も経つと音が身体から全部剥がれ落ちていた。
 
 
ゆっくり靴を脱ぎ棄てて、ふと、揃え直した。どたどたと人が上がってくるイメージが浮かんだ。食器を洗う。水がつつーっと流れる。食器がかちゃんと音を立てる。きゅっきゅと、蛇口を戻すと、静寂が間もなく帰ってくる。
 
ビニール袋を開くと、ロープを取り出して、輪を作る。それを天井の蛍光灯を外したところに掛けると足が届かない位置に輪を提げる。台代わりにつかった机から降りると、ビニール袋を踏んづけてしまい、がさがさと音を立てた。音を立てているのはなんだろう。音を立てて崩れ落ちようとしているのはなんだろう。音を立てているのはこの命だろう。崩れ落ちようとしている、今まさに。それが、意外なくらいにすんなりと、しっくりときていて、妙に納得できていた。
 
机に乗って、首に縄をかける。それから、乾いた目のまま、ひゅっと。
 
風が後ろに流れた。
 
 

 
 
ビニール袋をもって、ドアを閉めると、目を疑った。
 
「おいおいおいおい」
苦しい。待って、こんなに苦しいのはおかしいこんなはずじゃなかったごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいもうにどとしませんからませんからせんからんらかあららんごめんもにとま・・・
 
気が付けば、病院だった。
 
「おはよう」
そして、目をそちらに向ければ、自分と同じ背格好の、男が見えた。
生き別れた双子かと思ったが、そんなものはいないと、直感的に分かった。振り返ったその顔は、間違いなく自分だった。
 
「驚いた顔をしているな、君」
自分は驚いていた。
「驚くのも無理はない。君は生き残るはずじゃなかったんだ」
自分は驚いた顔のままそう言った。
「でね、モノは相談なんだが」
自分は、あっけらかんとした顔をして、
「早く死ね」
そう言った。
「僕には、無理だった」
僕はそう言った。
「そうは言うけどね、君は確かに死のうとしたわけだ」
自分はそう言って、
「そのおかげで、生きたい部分が集まった僕と、死にたい部分が集まった君に、僕らは僕と君に分かれたんだよ。今更どうしろっていうんだよ」
憤りが僕にも伝わってきて、それはよく分かった。
「ごめんなさい」僕は素直に謝って、
「謝ってすむならけーさつは要らないんだよ!」自分は腹立たしそうに言う。
「いいか、簡単な話さ。君は死にたい僕の集合体さ。死にたい君が望み通り消えればいいだけの話さ」自分はそう言って、リンゴをむいていた果物ナイフで僕の身体をピッと刺した。僕はその切っ先がただただ恐ろしかった。
「そうは言うけどさ、君にとって僕はもう必要ないものなの?」僕は寂しくなった。
「・・・・・・」自分は答えない。
僕はあの直前の時を思い出していた。音のない部屋。音が剥がれ落ちていってしまった僕。でも、本当はとくん、とくんと、大切な音はずっと身体の中にあったのに。
「まだ、僕の中に僕を居させてください」僕は僕だった自分にお願いをする。
自分は、何かを考えているようだった。
「僕の中にも死がある」「え?」「僕の中の生きたいという部分はときどき死ぬ気で頑張るということでもあるそれにね、」そう言って自分は、僕を不意に温かく抱きしめてくれる。
「たったこれだけの出会いで僕らの価値観はまたごちゃごちゃに混ざり合ってしまったんだよ」
 
僕は、僕の中の優しい眠りの中についた。





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