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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】宝剣と人

最近は習作のような作品ばかりを書いていますが、

こういうのも嫌いではないのです。

ウィザーズブレイン予約し損ねた。




宝剣と人


2014/02/02


作・なかまくら


 


突き立った一振りの剣を拾うことができるものは限られている。


その剣を拾うには、竜の棲まう峰々を往き、食料に乏しく水のない沼地を歩かなければならない。男はそれらの困難に打ち勝ち、その剣を手にしたのであった。


 


「それがこの剣なのよね」


女は身体のラインが見えるドレスの上から、薄い赤色のひらひらとした絹を羽織っている。


「そうだ」


ハイレストと言う名の男はそう答えた。腕には格好相応のたくましさがあり、髪は縮れた短髪であった。武人、というにふさわしい男であった。


「俺がこの剣を手にしたとき、俺はまだ一兵士に過ぎなかった。剣を取りに行ったのだって、それが国王の命令だったからだ。山師に美しい剣があると聞いてなぁ」


ぽんぽん、と剣をたたいた。


「ところがどうだ。いざ、手に入れてみると国王はいらぬといったのだ。お前にくれてやる、と。俺は驚いたね」


男は女からグラスを受け取る。半分まで注がれたグラスを揺らし、女が自分のグラスに残りの半分の酒を注ぐのを待った。


「ネムリ、お前とこの時を迎えられたのはこの剣の幸運と、お前がいたからだ。乾杯しよう」


 


ふたりは酒を酌み交わし、ひとつの王朝を終わらせた。新たな王朝は混乱もなく安定し、新しい国王はよい政治をすると聞いた人民が国に集まった。国は栄え、王が死ぬと同時に滅んだ。


 


そこには、一振りの剣だけが残されたという。


 



 


「それがこの剣ですか」


青年は眼鏡の奥で目を見張った。


「そうだとも」


マーシズトフと言う名の男はそう答えた。身分の良さを恰幅で体現しているような男であった。


「この剣を得てからはどうだろう。この国を竜が襲わなくなった。私の地位も、大臣の補佐官にまで上り詰めた。若かりし頃、私は荒野を歩いていた。わけもなく死に場所を探していた。エリートコースを外れた私には絶望しかなかった」


青年は熱心にメモを取ることに夢中で、窓の外に忍び寄る影に気付かない。


「私にはその剣が希望に輝いているように思えたね。例えるなら、遠い異国の御伽噺に竹から生まれる娘があったそうじゃないか。私にはこの剣が、それに見えたのさ」


マーシズトフは、そう言って、その剣を抜いてみせた。


「ただ、私の跡を継いでこの剣を手にするだろうお前にだけは言っておく。この剣のことだ」


影は揺らめいて、燭台が支えるロウソクの明かりが壁に怪しくあたる。


「この剣を持つと聞こえるんだ。人を殺してはならぬ。正しいことをせねばならぬとな」


「そうですね、あなたはずっと正しいと思うことをしてきた。誰が何と言おうとも」


 


間もなく部屋には火がかけられる。この火は茅葺の家屋にあっという間に燃え広がるが、不思議なことに二人には火のない道が見えていた。街道に躍り出た二人の前に幾人かの顔に布を巻いた男たちが立ちふさがっていた。青年は腰を抜かして動けず、街に人気はなかった。マーシズトフは、ひとつため息をついたという。「生け捕りに・・・と言う感じでもなさそうだ」そう言って、唯一腰に佩いていた宝剣を抜いたという。その光は一瞬覆面の男たちを戸惑わせ、間髪入れず切り伏せられていった。右に薙ぐと右に切れ、左に振ると、左が切れた。そして足を止めずに一歩大きく踏み込んでいく。「うっ・・・」うめき声。一刺し、大きく左の背中を刺されながらも、背後にいた最後の男を袈裟に切った。「誰にいわれた・・・?」想像はついていた。友だと思っていた男。補佐官を決める際に負かした男。彼は卑怯な手に打って出て、自分の首を絞めるに至った男。マーシズトフは、どうと倒れた。剣は地面に突き立った。青年はそれを杖に立とうとしたが、抜けることはなかった。それから間もなく、国は滅びて地は隆起し、竜が棲まうようになった。


 



 


王子は父を殺そうと決意していた。


父は魔術士と結託し、人民の心血を注いで強化した軍隊で近隣の国に攻め入っては領土を拡大していた。王子は、王子として生まれ、幸せに暮らした。母に愛され、恐ろしいことをしていると知るまでの期間、父の愛も受けて育った。王宮に住まう臣下の娘ベクランリリーとも親しくしており、将来は妃に迎えてもよいと考えていた。その幸せは、人民の血液に支えられていたのだという。


急に生臭い話になった。


父は不思議な魔術の力によって、不滅の肉体をもっているという噂であった。その男を殺すには、なにか特別な加護のある武器でなくてはならない。街の占い師はそっと王子に耳を近づけた。その剣を拾うには、竜の棲まう峰々を往き、食料に乏しく水のない沼地を歩かなければならない。王子は果たしてそれらの困難に打ち勝ち、その剣を手にしたのであった。


 


それから、その剣の正しい使い道を、はた、と考えた。


 







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