1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】天気雨

たまには書くよ。

どうぞ。





天気雨
2012.4.3
なかまくら
 
 
その手帳を拾ったのは偶然だった。
「なあに、それ?」
それに夢中だった僕は彼女の接近に気が付かなかった。
「ああ・・・これか」
「手帳?」
「そう。ある男の手帳だ」僕はその手帳を彼女に手渡した。
「ほら、手帳って、日々の予定を詳しく書けるページが後ろについてるだろう?」
「そうね。たいていはそのページは使われないけれど」
「それは僕たちみたいな学生の身分だからだよ。もう少し大きくなったらひとつひとつの予定が無駄に長くなって、空白の時間なんて減っていくのさ」
「それで、この手帳は、その日々のページに日記が書かれている手帳なのね?」彼女が手帳をめくりながら細い目で興味深そうにそれを見ていた。
「そうだよ」僕はその様子を眺めていた。それから、
「ねぇ、その手帳、どこで拾ったと思う?」僕はそう問う。
 
彼女はあるページまで開くと、バタンと勢いよく手帳を閉じた。
「なんなの、これ・・・」そのページはちょうど真っ赤に塗りつぶされたページだった。
 
「さあてね、真相は分からないよ」僕は、そう言った。
「これ、どこで拾ってきたの?」彼女は手帳を机に置くと後ろに一歩二歩と距離を取った。
手帳の黒い革が暗い紫色を纏い、その周りに紫、ダークブルー、暗緑色、ダージリン、玉葱色。色は空間を伝わって、その手帳の魅力が彼女を包み込んでいるのが見て取れた。
 
「ねぇ、その手帳、どこで拾ったと思う?」僕は同じ質問をもう一度することにした。
「どこかしら・・・そうね。証拠物品として押収されたもの、とかかしら?」彼女は既に手帳を再び手に取り、熱心にページを捲(めく)っていた。「この日記、ふたりの人物が出てくるわ。30代の男と、小学生の女の子」
 
僕はふっと笑うと、こう言う。
「ねぇ、少し考えてみようか」
「え?」
「・・・この事件の真相をさ」
 

 
8月10日。晴れ。
夏休みに入ってからすでに10日が過ぎた。
 
 
「ねえ、おじさん?」
女の子はとてもいい子だ。
「朝ごはん、食べたいな。お手伝いするから、お願い」
お願いされれば僕はもう作ってやる他はない。
「何がいい?」と僕が聞くと、
「おじさん、目玉焼きしか作れないし。びっくりしちゃったよ、私。私のママはね、ハンバーグが上手なんだよ!」女の子がそう答える。
僕は、ママという言葉に少しドキリとする。
「・・・ママに会いたい?」僕はそう尋ねる。
「うーーん、まだいいや。ママは旅行に行ってるんでしょ? たまにはママに自由に遊んでほしいし」女の子は健気にそう言っているが、最近よくさびしそうな顔をしている。
 
 
8月11日。晴れ。
 
新聞の片隅に女の子の捜索欄がある。女の子の特徴は、赤いリボン。おかっぱで、黄色い腕時計を付けている。探している。誰かがこの子を探している。
自分ではなくこの子を探しているのだ。必要なのは、このろくでもなく年を取ってしまった男ではなく、まだ何もない空っぽの器を持つこの女の子なのだ。殺すしかない。その場所には一人しか入れないのだ。
「ねぇ、おじさん?」女の子が台所にやって来る。
別荘の暗い廊下をトイレまで連れて行った。
 
8月12日。雨。
雷が鳴り、嵐が来ているのを伝える。古びたブラウン管のテレビに美人のキャスターがにっこりと笑っている様子が映り、その後ろの日本列島を大型の低気圧が迫っていると伝える。画面上を蠢く低気圧の等圧線が生物のような不気味な揺らめきをもって前進していく。カエルの鳴き声は夜明け頃から聞こえなくなった。
 
雷に打たれたか、それとも、
打たれないように、身を潜めているのか。
 
捜索の輪が広がっていることがニュースで流れていた。画面上を広がっていく捜索範囲を示す白いラインがもうまもなくこの別荘にも達する。だがしかし、今日はここは陸の孤島となるだろう。誰にも邪魔されないのは、今日までだ。・・・片づけをしなくちゃ。
お客様が来る前に。女の子はカエルのように静かだ。
 
 
8月13日。晴れ。
今日という日が来た。今日という日が来た。
迎えが来るだろう。上から? 下から? 右から? 左から? 昨日から? 明日から?
なんにせよ、迎えが来るだろう。僕に、そして、女の子に。
僕はもう、疲れたよ。ねえ、女の子は眠っている。トイレは狭いだろう、可哀相に。
 
 

 
「ねぇ、これって、文字通り・・・でさ」彼女がそう言う。
要するに、そういうことだ。
男は何らかの理由で女の子を山奥の別荘に監禁していた。必死の捜索が行われたが、女の子は殺され、男も自害してしまった。簡単に言えばそういうことだ。そんなものだ。
 
 
僕は「でもさ、」と笑う。 それじゃあ、つまらない。
 
彼女は「何言ってんの?」と、あきれて笑う。
 
僕は笑ったまま、「例えばさ、」と言う。「これは、この部屋で拾ったんだよ?」
彼女は分からないという顔で笑ったままだ。
僕は、その言葉を贈り出す。
 
「これは、君の中で起こったことなんだよ」

窓の外では風が勢いよく雲を押し流していた。


おわり。





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無題

こういう話、好きかも

無題

>零
読んでくれてありがとう。
最近ミステリーよく読んでたから、書きたくなった(笑)
淡々としたミステリー、一人称なのに、主人公に裏切られるところが実験作でした。

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