名嘉 枕です。
ほにゃにゃちは~。
某ゲームっぽいタイトルで、SFっぽい物語をお送りします。
どうぞ~~。
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分子運動による表層からの脱出 作・なかまくら
「根元事象とは、それ以上細かく分解して分けられない事象のことであるからして・・・」社会人を対象とした数学塾の先生は、確率がお好きだ。世界の大体のことは数学で表せるのだそうだ。「宇宙は数学という言葉で書かれている」立方体の教室の前方の黒板、その上には、墨で書かれた文字が躍っている。かの有名なガリレオガリレイの言葉だという。
「そして、全事象は、文字通り、根元事象を集めた全ての事象。事象全体のことをいうわけである。」先生は、朗朗と事象を言い尽くした。
私は宇宙の孤独な旅人になる。根元事象が、地球だとするならば、全事象は宇宙全体の惑星・・・いや、宇宙そのものだろうか。
☀☀☀
地球の平均気温が10年で10℃上がったっていうニュース番組。1年に1度。2年で2度。3年目には怒り出して、3度の飯が喉を通らないという。
「いってらっしゃい」
玄関の扉を開けて、それから銀色のフードをかぶって顔を隠すと、内側はひんやりと涼しくなっている。
「いってきます」
ガールフレンドに手を振って、秒速2メートルで歩き出す。右足、左手、右手、左足。腕が付け根を支点に振り子のように触れる。時間が一定のリズムで流れ出す。行ったり来たりにかかる時間は、腕のふり幅によらない。大きく振るほど、振動の中心の速度は速くなるからだ。振り子の原理によれば、そうらしい。
風船クラブの活動は、週に一度、自由の螺旋像の足元に集まって風船を飛ばすことだ。風船にはそれぞれのメンバーの願いが込められている。螺旋の像は捩じれて歪んだ造形をして、5メートルのあたりでぱたりと切れて閉じていた。螺旋は押し上げられた円の軌跡。三次元の極座標方程式。原点からの距離と回転角で現在地がプロットされていく。
私は螺旋像を遥か飛び越えて、飛びゆく風船を見送った。風船は境界を越えていく。
☀☀☀
全事象の一つの要素が私だとして、私は、どのような事象であるのだろうか。
「お前の仕事に価値はない!」
工場長には怒られるばかり。給料は低いわ、労働環境は最悪だわで、どうして働き続けているのかもわからないが、やめる理由も分からないので、とりあえず働き続けていた。
「今日も、こっぴどく怒られてたな」
同僚の左院がポンと肩を叩いて、大満足バーを手渡してきた。パクリ。
「大満足ぅ~!!!」
それが聞きたかったんだ、と左院は笑った。それから、急に笑いを収めてこう言った。
「これは俺の独り言だ。この言葉は上の人間の耳には届かない。地の底を這う下水に交じって、海に流れて、2000年の海洋の大循環のなかで海洋深層水になるような、そんな独り言だと思ってくれていい」
左院はそれから、脱走計画を語り出す。一斉蜂起に続いてのデモ行進。正面の通用口から堂々と外へ出て、辞職届を紙吹雪のようにばら撒くのだ。
「どうだ、ひと口のらないか?」
☀☀☀
「渋い柿でも食べましたか」
群青の制帽を目深に被った男が、公園のベンチに腰掛ける。
「すまんな・・・、柿コーラ?」ぷしゅぅ、と、プルタブの上昇とともに気圧が下がる。
「限定品っす」ぷしゅぅ、と音が続いた。「・・・それで?」若い制帽の男は、ピンと糸を張って、声を沈めた。
「うん・・・これを拾ってな」無精ひげが程よく伸びていた。
「風船、ですか」「ああ、風船クラブというそうだ」「これがなにか?」
「中にこれが入っていた」その手に載せられていたのは、小型の爆発物であった。
「爆弾っすか!?」ベンチから飛び上がった男は、笑っている無精ひげを見て、座りなおした。
「反乱分子がな・・・そろそろ動き出すんだろうさ。嫌だなー」ぼりぼりと首筋を掻いた。
「嫌だって、言わない人間が、思っていないと思ってるんでしょうかね」
「さぁてね」
☀☀☀
水を見るとドキドキすることがある。いま、閉じ込められている。この水の分子のどれか一つが自分である。H2Oは小さな脱走計画に成功し続けている。沸騰することがなくても常温で置かれたH2Oは、少しずつ蒸発して、やがてなくなる。水面からの脱走を少しずつ、目には見えない大きさで、着々と進行させているのだ。目に見えないのは、目を盗んでいるともいえる。じゃあ、とばかりに、私は目を閉じて、コップの水をぐいと飲み干した。
体の中を水が通っていく。これが、私たちの現状だ。年齢でひとかたまりにされた私たちは、変わっていくようで何も変わらない、ひとかたまりの管の中を順番に流れているだけなのだ。その管が、外へ繋がっていくことはないのだ。そう思うと、鼻の奥がツーンと痺れて涙が出た。H2Oは逃げ道をたくさん知っている。
☀☀☀
風船クラブの定例会が、脱走計画の実行日だった。
踏み出す靴を作っている間にも、温度は上がり続けていた。