「落下の王国」観ました。
なかまくらです。
「落下の王国」観ました。
古い映画なのですが、デジタルリマスター版、ということで、映画館で観ました。
あらすじ。
橋から飛び降りて馬に乗るというスタントに失敗して、入院しているスタントマンのロイは、
足の感覚が戻らないことに絶望していた。
彼は、あるとき、果樹園での働いているときに落ちて、
腕を骨折した5歳の少女アレクサンドリアと出会う。
ロイは、アレクサンドリアに世界を巡る不思議な叙事詩を聞かせる代わりに、
お願いを聞いてもらおうとする。
それは、毒薬を手に入れて、自殺することだった。
けれども、幼いアレクサンドリアは、どこか少しだけ勘が良くて、
ロイはなかなか死ねない。
叙事詩の中では、物語が進んでいく。
復讐を誓うイタリア人、インド人、元奴隷、ダーウィン、爆弾大好きおじさん、霊者など個性豊かなメンバーが、遂に復讐の相手の元へたどり着くのだった。
しかし、アレクサンドリアは、あるとき、毒を手に入れようとして、高い棚から落ちてしまう。
命を失うかもしれない出来事に、ロイの企みも、周知の出来事になってしまうのだった。
アレクサンドリアは、ロイが脇で見守るベッドから、物語の続きを懇願する。
ロイが話す物語では、これまでともに戦ってきた仲間たちが次々と死んでいってしまう。
アレクサンドリアは、殺さないで、と懇願する。
城の奥へ突き進み、いよいよボスと対決するときには、ロイだけになっていた。
しかし彼は、ボスの前に打倒され、水に沈められ、それに足掻くこともできず、
死のうとしていた。アレクサンドリアは懇願する。
二人で作った物語をそんな風にしないでほしい、と。
いつしか、物語は、ロイの人生そのもののようであったのだ。
しかし、そこに、いつの間にかアレクサンドリアもいたのだ。
ロイの物語は死で終わるのではなく、そこで、物語の中のロイが立ち上がることは、
いま、足が動かなくなってしまったロイが、再びこの現実世界で生きていこうとすること
を望むことと同義になっていたのだ。
ロイは最終的に頷く。物語はハッピーエンドを迎え、
そして、アレクサンドリアは退院していく。
それから時間が経ち、ロイがふたたび華麗なスタントを披露する姿を映画の向こうに
見るのだった。
というお話でした。
古い映画で、展開が洗練されていない感じはしましたし、
ロイが語って聞かせる叙事詩が、これまた古典作品といった感じで、
要所要所を飛び飛びで語って聞かせるので、ちょっと感情の機微が足りなくて物足りない感じ
で、ちょっと苦しくもあるのですが、撮影されている場所の美しさや、
アクションの華麗さなど、目を見張るものがあり、世界の様々なところを見て回ったような、
そういう美しい作品でした。また、互いに落ちてけがをして入院したロイとアレクサンドリアの交流や、
ロイが再び銀幕へ戻っていくその結末は、素敵なものでした。
余談ですが、チラシの謳い文句に、
「リンゴが木から落ちるのを見て、万有引力を発見したニュートン。
屋根から落ちる人のイメージから、相対性理論の着想を得たアインシュタイン。
新しい出発の物語は、いつも落ちてから始まるのです・・・。」
とあって、この紹介文を考えた人、いいですね! と思いました。
おわり。
「落下の王国」観ました。
古い映画なのですが、デジタルリマスター版、ということで、映画館で観ました。
あらすじ。
橋から飛び降りて馬に乗るというスタントに失敗して、入院しているスタントマンのロイは、
足の感覚が戻らないことに絶望していた。
彼は、あるとき、果樹園での働いているときに落ちて、
腕を骨折した5歳の少女アレクサンドリアと出会う。
ロイは、アレクサンドリアに世界を巡る不思議な叙事詩を聞かせる代わりに、
お願いを聞いてもらおうとする。
それは、毒薬を手に入れて、自殺することだった。
けれども、幼いアレクサンドリアは、どこか少しだけ勘が良くて、
ロイはなかなか死ねない。
叙事詩の中では、物語が進んでいく。
復讐を誓うイタリア人、インド人、元奴隷、ダーウィン、爆弾大好きおじさん、霊者など個性豊かなメンバーが、遂に復讐の相手の元へたどり着くのだった。
しかし、アレクサンドリアは、あるとき、毒を手に入れようとして、高い棚から落ちてしまう。
命を失うかもしれない出来事に、ロイの企みも、周知の出来事になってしまうのだった。
アレクサンドリアは、ロイが脇で見守るベッドから、物語の続きを懇願する。
ロイが話す物語では、これまでともに戦ってきた仲間たちが次々と死んでいってしまう。
アレクサンドリアは、殺さないで、と懇願する。
城の奥へ突き進み、いよいよボスと対決するときには、ロイだけになっていた。
しかし彼は、ボスの前に打倒され、水に沈められ、それに足掻くこともできず、
死のうとしていた。アレクサンドリアは懇願する。
二人で作った物語をそんな風にしないでほしい、と。
いつしか、物語は、ロイの人生そのもののようであったのだ。
しかし、そこに、いつの間にかアレクサンドリアもいたのだ。
ロイの物語は死で終わるのではなく、そこで、物語の中のロイが立ち上がることは、
いま、足が動かなくなってしまったロイが、再びこの現実世界で生きていこうとすること
を望むことと同義になっていたのだ。
ロイは最終的に頷く。物語はハッピーエンドを迎え、
そして、アレクサンドリアは退院していく。
それから時間が経ち、ロイがふたたび華麗なスタントを披露する姿を映画の向こうに
見るのだった。
というお話でした。
古い映画で、展開が洗練されていない感じはしましたし、
ロイが語って聞かせる叙事詩が、これまた古典作品といった感じで、
要所要所を飛び飛びで語って聞かせるので、ちょっと感情の機微が足りなくて物足りない感じ
で、ちょっと苦しくもあるのですが、撮影されている場所の美しさや、
アクションの華麗さなど、目を見張るものがあり、世界の様々なところを見て回ったような、
そういう美しい作品でした。また、互いに落ちてけがをして入院したロイとアレクサンドリアの交流や、
ロイが再び銀幕へ戻っていくその結末は、素敵なものでした。
余談ですが、チラシの謳い文句に、
「リンゴが木から落ちるのを見て、万有引力を発見したニュートン。
屋根から落ちる人のイメージから、相対性理論の着想を得たアインシュタイン。
新しい出発の物語は、いつも落ちてから始まるのです・・・。」
とあって、この紹介文を考えた人、いいですね! と思いました。
おわり。
