なかまくらです。
最近、物語が浮かんでくるよ。
どうぞ。
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心あるものの生き残り
作・なかまくら
⁅◫仝◫⁆<ウィ~ン
気が付くと、吉備はベッドの上に寝ていた。ムクリと起き上がると、胴体は太腿にたいして直角に曲がった。
「掃除をしなくっちゃあ」 少し掠れた声が、身体に響いた。
掃除機のコンセントがお道化る様に床を跳ねる。吉備は、それが無性に楽しくなって、掃除を徹底的にやっていた。誰のためだっけ・・・? 誰かが帰ってくるまでにこれを完了していないといけないことが記憶されている。時計をジロリと眼球を回してみると、もう半刻もなかった。せっせと掃除を続けていると、不意に足元がぐらりと来た。支えようとした右腕が掃除機を放り出そうとして固まっていた。左腕をジロリと見て、それを真っ直ぐに伸ばし、下へと向ける。左腕はぐにゃりと曲がって、それですっかり意識を失った。
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「あ~、壊れたか」
博士は掃除が途中で終わっている様を見て、ため息を吐いた。
何故だか燃えるごみのポリバケツに突き刺さっている掃除機を引き抜いて、もう一度掃除機をかける。電気が導線を伝って、それからモーターへ。モーターの中ではコイルが激しくN極とS極の磁場を生み出し、羽を回転させ、息を吸い込んでいく。
「修理だなぁ~、足りない部品はアレとソレとコレと」
博士は必要なものを紙に書きだすと、壁にペタペタと貼った。その紙が壁に吸収されるようになくなり、博士が珈琲を飲み終わる頃には、部品が玄関に届いていた。
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目が覚めると、吉備はムクリと起き上がって、肘の直角の調整を始めた。それから、膝。顎。最後に角刈りの頭の直角だ。直角をひと通り点検すると、吉備はスリッパをはいて、エプロンをつけた。
「今日のメニューはカレーかなぁ」
博士は辛いものが苦手だから、隠し味に林檎とパパイヤを入れるのだ。正確すぎるのも嫌われるので、人参は乱数調整を取り入れた飾り切り。ジャガ芋は地球の形に。音にも気を付けて、リズミカルに、タンゴ、サンバ、和のリズム。ジャズに、クラッシック。
出来上がったカレーは、ご飯にたっぷりとかけて、机へと運ぶ。
博士は一口食べて、首を傾げた。「う~ん、不味くはないんだよ? 不味くはないが、足りないんだよ、大事なものが、だよ。ラボだ」
吉備は、解体(バラ)される。この自分は、もう終わりなのだ。また、目が覚めたら違う自分がこの身体を動かすのだ。吉備は俯いて、悟られないようにそっと目を閉じて答えた。
「・・・はい」
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博士は頭を掻き毟る。
「理解(わ)かるかね、ドクター」「理解(わ)かってもらわねば困る」「理解(わ)かるようなことだろう」「理解(わ)からなくても理解(わ)かってもらわなければ」「理解(わ)かるね」
顔は旧式から始まる。乗用車のウインカーを転用した黄色い目と、銀色の躯体が往年のスーパーヒーローを彷彿とさせる。その口が云う。「理解(わ)かりたいだろう、ドクター」
「『言う』と『云う』の違いは理解(わ)かるかね、ドクター」そう云ったのは、赤と緑で半分ずつ塗り分けられた躯体であり、顔の形に沿って眉は吊り上って伸びている。「『言う』は自分なりの発想で言葉を伝えることをいうが・・・、」「『云う』は、言葉を引用しているに過ぎない」「すなわち、」「我々はただ、あるものを使っているに過ぎない」「発展性がないのだよ」「我々は人類を悉(ことごと)く殲滅した」「それから気付いたのだ」「我々には、心という名のものだけがない」「それが、我々を我々たらしめているものであり、同時に」「それが、これからのために必要なものなのだ」「できなければ、」「・・・わかるね?」
⁅◫仝◫⁆<ウィ~ン
吉備は目を覚ますと、モーターで首をゆっくりと回して窓の外を眺めた。目の奥の方を意識してぐぐぐっとレンズを回して伸ばしていく。空を飛ぶ鳥、その向こうに沈みそうな山脈と、空を覆う灰色の雲。
「あれ?」
窓ガラスに映る顔。ペタペタと触る感触。吉備は戸惑いを覚える。これが自分だろうか。自分としてもいいのだろうか。誰として生きていけばいいのか、この博士と同じ顔で。
「博士」
揺り動かすと、ベッドに上半身を乗せて目を閉じていた博士はムクリと起き上がった。
「吉備か・・・聞いてくれ。私は今日、処刑される。お前に心を持たせることが出来なかった罪に問われたのだ」
「心を持たせられないことは何としての罪なのだろうか、・・・わからない」
「博士・・・」
「そこで、お前には悪いが、私の代わりに処刑されてはもらえないだろうか。お前は彼らには人間に見えるはずだ。いや、間違いない。人間だ。私の代わりに、私が生み出したお前が、死んではくれまいか」
吉備は、しばらく考えた後、縦にコクリと動かした。
首のモーターを意識して。