なかまくらです。
超短編小説会。
http://ssstorys.clu.st/ 2000字程度の短編小説のミステリー(問題編)が出題されて、
みんなで回答編の短編小説を書いてみるという試み。
問題編は、こちら↓
http://ssstorys.clu.st/item?__objectId=c25611e197f6f1be3d977e5069f943a0で、私も参加してみました~~。
なかなか楽しい遊びだ・・・。
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相模探偵録 回答編
原案・茶屋さん
作・なかまくら
「・・・と、言うことのようだけど?」
相模探偵事務所を一人の青年が去っていく。階段を下りて、大通りを歩いていく姿を見届けてから、相模は声をかけた。
「エエ、ジュウブン ニ ワカリマシタ」
現れた女性は、喉に手を当てて、合成音声を発した。
「これからどうするんです?」
「コノママ マチ ヲ ハナレマス・・・」 彼女は微笑みを浮かべていた。なにか、自由になったようでもあった。
ほんの半日ほど前の出来事であった。
「はい?」
事務員にして助手の七瀬が扉を開けると、一人の女性が立っていた。
「・・・・・・」女性は静かに微笑んでおり、
「相模探偵事務所ですが?」七瀬は、少し首を傾げながら、そう言った。
「キイテ ホシイ コト ガ アル ノ デス」
彼女がゆっくりとゆっくりと言葉を選んで話した話はこうだ。
彼女が初めに覚えた曲は『My Favorite Things』だった。
薔薇を伝う雨粒、猫のピクンと動く髭、ピカピカの薬缶に、温かい毛布。それから誰かからのプレゼントの入った茶色の小包。そんなものがあれば、私は幸せよ。彼女の父が教えた曲だった。彼女は父に褒められたくて、ジャズバーのマスターに歌を披露してみせた。
それからの彼女は、父親に褒められたいばかりに熱が出ても、学校で嫌なことがあっても、歌い続けた。その中で、一人の少年と出会ったことが彼女の心の支えとなったものだった。
少年とは何度か会った。彼は少し違うのかもしれない、そんな風に思うこともあったが、だんだんとその気持ちは薄れていった。・・・ああ、人間なんてみんなおんなじだ。
歌の歌詞の意味を知ったのは、随分と後のことになったけれども、その時そんな歌を自分が歌っていたのだと彼女は愕然とした。少しの幸せがあればいい、父はそれを知っていて、歌わせていたのだろうか。父に褒めてもらいたいと思っていた、その密やかな気持ちを父は利用していたのだろうか。
そして、彼女はちょっとした家出を計画した。それは、反抗期の自分の気持ちをちょっとだけ慰めてやろうという試みで、ジャズバーのおじさんには迷惑がかからないように事前に言ってあったそうだ。
実行に移そうとして、ひとりの青年の姿が頭に浮かんだ。彼にだけは言っておこう。
そう考えて、彼女は彼を公園へと呼び出すことにした。
「・・・?」
彼女は少し早く公園についたつもりだったが、彼は既に公園にいた。
「・・・・・・」
止まった噴水の、ちゃぷちゃぷと押し寄せる波の音が響いた。彼の名前を呼ぼうとして、彼女は一歩、踏み出すのをためらった。彼は、きらりと光る何かを持っていた。ナイフのようなもの。小さな、銀色の刀身。
その瞬間、彼女の視界は大きくぶれた。
揺れる視界。地面が後ろに流れていく。脇に抱えられているのだと分かった。
タバコと酒の臭い。よく嗅ぎ慣れた匂いだった。
「歌を歌え」 父はその言葉を言う。
「お父さん、お酒じゃないよね、それ」 父親をみて、彼女は震えながら指摘してしまった。
「うるせぇ! お前は歌だけ歌ってればいいんだ!」 そう言って、彼女の首を絞めたそうだ。それはいつもの虐待で、でも、歌だけはいいって、言ってくれていた父が首を絞めたのは、それが最初で最後だったという。
不思議と音が聞こえた気がした。ぐさりという音が。
喉にかかる力が緩み、父がドウと倒れ掛かってきた。彼女は少し自由になった喉で悲鳴を上げ、腕でつっかえ棒をしようとするが、あえなくどさりと下敷きになった。
見上げると荒い息を整えるように、彼が立っていた。その姿は公園の外灯に照らされて、ひどく幼く見えた。あの頃の、ジャズバーで歌に魅せられた少年のように。
彼女は思わずこう言っていた。「あなたも歌が聞きたいの・・・?」
彼は迷いなく、こう答えた。「ああ、そうだよ」
よく見れば、彼の口角は不自然に吊り上っていた。
「ひどいことするよなぁ、首なんか締めて。君の美しい声が潰れたらどうするつもりだったんだよ。ほら、出てきなよ」
彼は、たばこに火をつけた。
「たばこ、・・・吸うの?」
「未成年なのにって? いいんだよ、そんなことどうでも。本当は大人だって割とどうでもいいと思っているんだ。誰かが決めた無意味なルールなんて。それに比べて、君の歌は本当に素晴らしい。人を魅了してやまない。ああ、君の歌を聴いているときだけは、他のくだらないことを考えずに済むんだ。さあ、歌ってくれよ」
彼女は、ようやく父親の身体の下から自力で這い出せていた。父の背中には小さなナイフが刺さっていた。肝臓の辺りだろうか。苦しそうなうめき声が聞こえる。
彼女は意を決してそのナイフを抜き去った。
「おい、そのナイフでどうするつもりだよ」 彼は嫌な笑みを浮かべて、口をすぼめる。タバコの火がパチパチと明るくなる。それから、すぅーっと細く勢いよく煙を吐いた。
「私は、あのときから変わらないものを信じていたわ。『My Favorite Things』、小さな幸せがあったら、私はそれでよかったのに・・・よかったのに。誰も、私の言葉なんて初めから聞いてはいなかったんだわ」
そう言って、彼女は踵を返した。一生懸命に走った。走って走って走った。
ヒューヒューと、喉が乾いた音を立てた。膝がどうしようもなく笑っている・・・だけどももう少しだけ、もう少しだけ・・・この身体を運んでほしい。自由になれるその場所まで。
「おいっ、このやろう!」
後ろから衝撃を受けたかと思うと、下敷きになっていた。
「あ・・・」
手にあったはずのナイフは、彼の胸に刺さっていた。彼は、無言のままそれを引き抜くと、
「・・・・・・」
真っ直ぐに彼女の喉に向かって振り下ろしたのだ。
+
そして、ノックの音があった。
「七瀬くん、でてくれよ」 相模は、そう言って、ソファから彼女を立たせている。
「ええ、いいですけど」
「・・・嫌な予感がするんだ。それもとびきりに嫌な奴だ。さあ、こちらです。しばらくは物音を立てず、隠れているんです」