1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

「トルネイド~北条雷太の終わらない旅~」観ました。

なかまくらです。

キャラメルボックスの「トルネイド~北条雷太の終わらない旅~」観ました。

サンシャイン劇場で観劇です。



あらすじ。

武士・北条雷太は、2人の仲間と陥落寸前の五稜郭から小舟に乗って逃げ出した。

ところが、海にたどり着いてしまった3人は、大竜巻に巻き込まれる。

気が付けば、彼らは波打ち際に打ち上げられ、そして不老不死になっていた。

竜巻に打ち勝った彼らは、竜巻の力を身のうちに秘めたのだと思った。

もう一度、新政府軍への戦いを仕掛けようとする北条だったが、

まずは資金集めをすることになる。

しかし、暮らしは苦しく、日々の生活で精一杯だった。

しかも、歳をとらないし、怪我をしてもすぐに治るその体質のため、

生活が安定しても、同じ場所には長く暮らせなかった。


そんな北条雷太は、あるとき、ある漁師とその嫁さんにお世話になる。

しかし、北条雷太は、あるとき2人で漁に出て、嵐に遭い、一人だけ生き残ってしまう。

嫁さんである浅倉ナオさんとは目を合わせられなかった。

それでも、罪滅ぼしのために、魚を長く届けた。

しかし、北条雷太を許し、一緒になっても良いとナオが思い始めた頃に、

北条雷太はまた、いなくなってしまったのだ。

ナオのお腹には子供がいた。その子供・ヒカリはやがて大きくなって、東京で今は学校の先生をしている。

そのヒカリの元に現れた謎の男についての手紙を読んだナオは、

55年前にいなくなってしまった北条雷太を思い出し、会いに行くことを決めたのだった。

ヒカリのクラスには、佐々木というジャーナリストの男が取材に来ていた。

彼には、息子がおり、その息子がヒカリのクラスにいたのだ。

彼は、息子と話すことができず、ナオの娘であるヒカリを陰ながら見守っていた北条雷太は、そこでお節介をせずにはいられなかった。

そして、北条雷太のお節介が功を奏して、いろいろなわだかまりが解けていくのだ。

というようなお話でした。


「レインディア・エクスプレス」「彗星はいつも一人」と、タイトルを変えて、何度も改稿されてきた物語は、非常に重層的に作られていて、素直に感動しました。

北条雷太のとんでもないほどのお節介も、人と深くかかわれない生活を長く送ってきたからこそ、と思うと、愛に溢れた行動なのだと思えて、なおさら、愛おしく感じるのです。

こんなに真っすぐに思いを伝えてきてくれる劇団が、興行し続けてくれていることに感謝、という感じです。

大人になったらみんな、どこか捻りたくなるものだと思うのに、キャラメルボックスのお芝居とそれを演じる役者さんたちは、どこまでも澄んでみえるのですよね。

真っすぐに、キラキラとした目で、物語の力や可能性を信じて、お芝居の中で確かに、生きて、希望を持っているように見えるのです。


良いお芝居でした。おわり。






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アルコールアウト・カフェインイン

なかまくらです。

連勤中です。

10月4日(日)が休みだったのですが、

テスト直前で、7時~24時まで自宅で定期テストを作っていましたが、

これが最後の休みでして、次の休みが11月14日(土)で、研修旅行の次の日です。

まだまだ先は長いなあ、ということで、

お酒を飲んでいると、最後までたどり着けない気がして、

禁酒中です。

ところが、興味深いことに、お酒を止めると、無性に珈琲が飲みたくなるんですね。

というわけで、しばらく飲んでいなかった珈琲をインスタントで飲み始めました。

美味しいものです。





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「狂気の山脈にて」読みました。

なかまくらです。

「狂気の山脈にて」読みました。



クトゥルー神話という、作られた神話の原点となる、

作家ラブクラフト氏による短編の傑作選です。

「ランドルフ・カーターの陳述」

「ピックマンのモデル」

「エーリッヒ・ツァンの音楽」

「猟犬」

「ダゴン」

「祝祭」

「狂気の山脈にて」

「時間からの影」

の8作品、収録されておりまして、

表題作でもある「狂気の山脈にて」は、南極探検に行った先で、

人類を遥かに凌駕する文明を誇った”最先(いやさき)のもの”が、どのような

文明を作り、そして、滅んでいったのか。その架空の文明を描いた作品でした。


それ以外の作品も、人類が我が物顔で繫栄している、その目に入らない部分・・・

それは古い地下室や、屋根裏部屋の窓の外、外洋のどこか。

そういった部分に、人知を超えた怪物が潜んでいる・・・というようなホラー作品でした。


一番、好きな作品は、最後の「時間からの影」でした。

”偉大なる種族”による、精神の入れ替えを経験した男が、その時の経験を夢に思い出し、

西オーストラリアの遺跡の発掘に参加する話で、前作の「狂気の山脈にて」を踏まえつつ、

描かれた人類の短い歴史の外側を大きなスケールで描いたスペクタクルで、

「狂気の山脈にて」よりも、読みやすい筆致で描かれていました。

ラブクラフトが癌で死去する少し前に書いた作品とのことで、

物語の構成としても、比較的読みやすく書かれていました。


さて。

現在のゲームやアニメの常識として、たとえば、ファンタジーの世界観

・・・例えば、剣や魔法の世界がありますね。それと同じように、さまざまなところで、

作家たちに引用され、登場することで、次第に、人工の神話という体系を作り上げてきた

クトゥルー神話ですが、物語を書くものとして、履修しておこうと思ったわけです。


簡単に言うと、とにかく読みづらい本でした!!

世界観は、素晴らしいし、言葉の選び方も訳も含めて、語彙が豊富で素晴らしいのですが、

悪い意味で話が進まないのと、何を言っているのか分からなくなりがちなのと、

登場人物が何をしているのか分からなくなりがちな本でした。

短いとそこまで気にならないのですが、長編作品だと相性が悪いのです。

文章が、基本、否定形で書かれていて、

「よく分からない、ということはほとんどなかった。それどころか、名状しがたい面白さが分かりやすく伝わってくるのだった」みたいな、いや、面白いって言ってくれよ! みたいな表現は、なかなか慣れずに大変でした。

そういった意味でも、最後の「時間からの影」は、そのあたりの表現も成熟したものであり、その独特の世界を十分に楽しめました。


まあ、あーだこーだ書きましたが、なかなか苦心して読んだ本作の世界観は十分に楽しめました。

おわり。





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からくり時計博物館へ行ってきました。

なかまくらです。

少し前ですが、

シルバーウィークに、伊豆高原のからくり時計博物館へ行ってきました。



11月に演劇部で上演する予定のお芝居の題材が時計職人なので、

イメージを膨らめようと思い、行ってきました。



1900年ごろからの世界のいろいろなところの時計が展示されていました。

振り子時計に置き時計・・・。

振り子がカチカチとそれぞれが音を立てて時を刻んでいる様子は、

なかなかいい物でした。

松ぼっくり型のおもりで、振り子の振れを調節して、

定時になると、趣向を凝らしたギミックが動く・・・。

先人たちが、時計にいかにこだわっていたかを見せてくれました。


ついでに、近くのオートマタ博物館も行ってきました。

こちらも繊細なギミックで、レバーを回す単純な動きで

人間らしい複雑な所作を再現するために、手足や表情、瞼の開き具合まで、

歯車の数回転ごとに、針金で少しずつ動かしていく。

そんな職人技を見ました。

もともとは、1900年ごろに、機械時計職人が自分たちの技術を

世に知らしめるために始めた機械人形制作だったそうです。

やがて、電動オートマタとなり、大型化が進み、今のようなものに

なったそうです。

楽しめました。


ついでに、伊東で温泉も入ってきました。ゆっくりできました。





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サンバイザーの新調

なかまくらです。

車が12年目になっており、サンバイザーが日光に当たり続けて、

大分ボロボロになってきました。

そこで、車の点検のタイミングで交換してもらいました。

テンションがあがりますが、安全運転です。








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