1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】火を見つける

なかまくらです。

久しぶりに新作を書きました。

先週、豊田産業技術記念館へ行ってきたんですが、

そこで見た、織機などにインスピレーションをもらって、書きました。

どうぞ。


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火を見つける


作・なかまくら


20260823


 


 作業場は、鉄道駅から少し離れたところにあった。蒸気と煤けた煙を吐き出して、列車が遠ざかっていく線路沿いを、通い慣れた様子で労働者が歩いていく。しばらく歩くと、踏切があり、その向こうに白い建物が見える。それが作業場だった。


 作業場の扉を開けると、奥の方まで見渡す限り閑散としていた。整然と並べられている作業用の台。置かれているはずのタイプライターはすでに半分以上がなく、それを打ち込む人も疎(まば)らだった。入り口の両側に木箱が置かれていて、工場長がそれを持っていくよう、顎を動かしていた。


 


「よう、欣哉(きんや)。」


 定位置の作業台に空の木箱を置くと、同僚の男、芳一廊が欣哉の肩を叩いていた。


「芳一廊か。」


「片づけたものは、あそこだぜ。」


 芳一廊の目線の先には、木箱が既にうず高く積みあがっていた。欣哉は鞄をいつものように机の下の取っ手に掛けると、それから、キーボードをカチ、カチと思いつくままにいくつか押した。それは、就職してから10年以上、ずっと、この場所に響いていた音であった。あの頃、仕事というものを選べることを知らず、紹介されるままに面接にやってきて、そして、「明日から来てくれ」と工場長が言うままに、働き始めた。雨が降っても、風が吹いても、あの、線路沿いの道を歩いて、この作業場に通った。それが10年にもなる。それが、終わるのだ。一日中、カチカチ、カチカチと、歯車がそのように回るように、地面にあたって、雨が生まれるように、生きている時間が、刻まれるように。この場所に、骨をうずめるのだと思っていた。それは、あるとき欣哉をひどく悩ませていた事柄だった。しかし、若者とはそういう性質の生き物であり、その炎は、やがて収まっていくものなのだと、理解できるようになっていった。


「ここ、データセンターになるらしいぜ。」


「データセンター?」


 聞きなれない言葉に、欣哉は首を傾げた。


「コンピュータから送られてきたデータを、溜めておく場所のことらしい。」


「コンピュータ、というのはなんだ?」


 耳慣れない言葉が、欣哉を不安にさせた。何か得体の知れないものが、やってくるのだ。


「さあ・・・。詳しくは分からないが、自分で考えることもできるタイプライター・・・みたいなのを新聞で読んだな。」


「なんとも、奇天烈な代物だな。」


「外国では、すでに使われ始めているらしい。なんでも、それがあると、月に行くための道だって、計算できるとか。」


「月に・・・? 竹取物語じゃあるまいし。」


 思わず、持ち上げようとしていたタイプライターを落としそうになって、欣哉は慌てて机に戻した。


「それが、どうも本当らしい。向こうでは、人を月に送る計画が進んでいて、哺乳類を宇宙まで飛ばすことは成功しているらしい。」


「宇宙に・・・飛ばす・・・? 大砲で・・・か・・・?」


 それを聞いて、芳一廊が人目を気にして声を抑えながら、背中を震わせて笑い出した。


「馬鹿なことをいうな。乗り物に載せるんだ。その乗り物は、空(くう)を蹴ることができるらしくてな、雲を越えて、その先まで飛んでいけるそうだ。」


「その外国から、データセンターというものが入ってくるのか・・・。」


「どうやらそうらしい。」


欣哉は、タイプライターを信号ケーブルから外して、木箱に入れた。反応が少し悪いローマ字の「A」や、改行するときに、少しコツがいるレバーが木箱の底で眠りにつくのだ。宇宙へ行くような外国が入ってくるならば、これはもう、滅びゆく仕事だったのだろう。欣哉は、ふいに息苦しさを感じて、胸を抑えた。


「おいおい、大丈夫か?」


 背中をさすってくれている芳一廊に、手で礼をして、それから尋ねた。


「芳一廊は、これからどうするんだ?」


「おれか? おれは、実家の紡織を手伝おうと思っていてな。」


 紡織というのは、布を織る作業のことだ。綿を育て、糸を紡ぎ、縦に横に機(はた)織り機に糸をかけて布を織っていくのだ。


「機械を大分前に導入しててな、最初に設定をしてやれば、手を出さなくても勝手に布がでてくるんだ。楽な仕事だよ。」


「そうか・・・。」


「お前も誘ってやれたら良かったんだが・・・。母さんに相談したら、『人間は、そんなにいらん』って、さ。」


「いらん・・・か。」


 欣哉は言い知れぬ不安が背筋に冷たくあるのを感じていた。それは、単に外国が入ってくるだけのことではなく、あるいはそれによって仕事がなくなることを意味するのではなく、それは・・・宇宙が迫ってくるような、そういう息苦しさのような何かだった。


「ああ、別に、欣哉のことがいらんって、ことじゃなくて、一般的に、人手が足りてるってことでな・・・。」


「大丈夫だ、分かってる。」


「おれも、まだ小さかったから、ちゃんとは覚えてないけどな・・・うちも、機械を導入するとき、作業場に並んでいる今までの機織り機と、働いていた機織りのおばちゃん達とたくさん、お別れしたと思う。覚えてないけど、可愛がってくれたと思う。だって、作業場に遊びに行くのは、好きだったから。」


「そうか。」


木箱に詰め終わったのを確認して、欣哉はそれを積み上げられた木箱のどこかに、置いた。


 


 作業台まで戻ると、芳一廊は、給料受け取りのための書類を書いていた。欣哉も、木箱と引き換えにもらったその書類に、必要事項を書いていく。


「・・・月に行ったとして。」


「ん? ・・・ああ。」


「暮らし向きはどうなる?」


「そうだな。生きてなどいけないのかもしれないな。」


「送られた哺乳類はどうなる?」


「酸素がなくなるまで生きて、死ぬんだろうな。月は、ハビタブルゾーンではないからな。」


「ハビ・・?」


 「これも新聞の受け売りだけどな。」


芳一廊は、新しい言葉を覚えたばかりの少年のように、得意げにそれを説明してみせる。居住可能領域(ハビタブルゾーン)。それは人間が暮らせる場所を表す言葉だった。


 欣哉の頭の中には、タイプライターの雨の音がまだ鳴っていた。アナログ情報をデジタル情報に変換する仕事をしている、と説明を受けた。だが、分からないものを、分からないままにしていたのだ。仕事を遂行するうえで、必要のない事柄だった。考えることを求められていなかった。じりじりとその居場所が包囲され、狭まっているとも気付かずに・・・。


「・・・わたしたちは、これから、どこへ行けばいい・・・。」


 書類を出せば、当然、明日からは賃金が支払われない。あの道を通って、ここに来ることもない。ペンを持ったまま、欣哉の口から出た言葉はようやく実感が伴ってきて、情けないことに、震えた。


 


 芳一廊は、その様子をそばに感じながら、作業場の天井を眺めて言葉を探した。


「明日のことは分からん。だが、働けない年じゃない。新しいことを始められない年じゃない。やるだけ、やってみるのさ。」


「やってみる・・・。」


「頭で考えてばかりだと、きっと勝てない。宇宙とか、データとか、空想の土俵で勝負しなくていい。現実の側に、おれたちは立っているからな。」


 欣哉は、芳一廊を見た。その目は少し赤く、揺れているようだった。


 


「炎のようだな。」


 欣哉はふっと笑って、そう言った。


 


「え?」


「揺らめいて・・・変わらないものなどないのなら、それを良い方向に運ぶのが生きるということなんだろうな。」


「なんだ。まあ、きっとそういうことだ。」


何故か少し嬉しそうにこちらを見ている芳一廊の瞳の奥に、揺らめきながらも、決して簡単には消えない命の灯し火が見えた。


 


――人は、その営みの形を変えながらも、生き続けていくのだ。


 


欣哉はその灯し火が、自分の中にも燃えていることを信じた。


これまでカチカチと、規則正しく進んでいた時間が、大きく揺れ始める。しかし、夜闇を照らす灯し火は、やがて大きく命を燃え上がらせ、立ち昇る情熱の炎に成長していくのだ。


そんな未来を胸に抱き、欣哉は作業場を去っていった。







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モチベ待ち

なかまくらです。

最近、夏休みのせいもあるのでしょうけれど、「モチベ待ち」が常態化しています。

仕事をするモチベーションが高まってくるのを、

動画みたり、音楽を聴きながらじっと待っている・・・。


自宅に持ち帰ってきた仕事は山積み。

それを横目に見ながら、

モチベーションが上がってくるのを待ってます。


最近、小説書いてないなあと思ってはいるのですが、

戯曲は1本、仕上げたのですよ? 5月~8月にかけて、2万文字ほど書きました。


でも、もっと書けていてもいい気がする時間があった気がします。

創作のために培われたモチベ待ちの習慣が、

仕事に費やされているのは、複雑なところですね。





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パスキーはまだ早い!

なかまくらです。

先週から、楽天リンク(携帯の電話アプリ)が利用できなくなってしまいました。

理由は、楽天リンクに紐づけてある楽天IDに、スマホからログインできなくなってしまったためです。

それって、IDとパスワードを忘れたってこと・・・? と思われるかもしれませんが、

そうではなくて、「パスキー」という新しいログイン認証の方法に楽天リンクの

ログイン方法が変わったためです。

このパスキーというのは、どうやら最近どんどんいろいろなところに導入されてきていますが、

なんといいますか、難易度が高いんですよ・・・。

例えば、ゲーム機PS4のアカウントもパスキーになっていたり、するのですが、

このログイン方法は、例えば持っている携帯電話の端末を「パスキー」の鍵として

登録しておくと、ログインするときに、スマホで画面に表示されているQRコードを

読んだりすると、ログインが認証される、という仕組みのようです。


スマホを落としたら大変だ! とか、いろいろあるかとは思いますが、

とりあえず、スマホ自体も、指紋認証でロックを解除するので、実質、

指紋認証でログインしているという感じになっていて、安全な感じがします。


ところが、私がこの「パスキー」で困ってしまっているのは今回で2度目です。

今回の問題点は、まず、「パスキー」を登録してあるのが、PCであり、

スマホでログインしようとしているところに問題があるのかな、と言う感じです。

QRコードが表示されるのですが、それをPCで読み取れないんですね。

こちらのPCはデスクトップでカメラなどないので・・・。


そこでいろいろと調べたところ、どうやら、楽天の場合は一度、

アカウント情報から、「パスキー」をすべて削除してやると、

ログイン時に「パスキー」を聞かれなくなるので、

その状態で、スマホでログインしようとすると、

パスワードとIDで入れる・・・らしいのですが、

なんと、PCで「パスキー」管理画面に移行しようとするときに、改めて聞かれる

「パスキー」の認証画面で固まってしまって、

タイムアウトしてしまい、なんと、「パスキー」で入れないのを変更するために、

「パスキー」が必要な状況に!!(頭がおかしくなってきた・・・!)


これは困った・・・ということで、X(旧Twitter)で情報収集をしたところ、

もはや、こちらでの対応は不可能で、

サポートサービスのAIチャットに繋いで、まあ、もちろん解決できないので、

解決できないを選ぶと、人間のオペレーターに、1時間くらい待って(映画観て待ちました)、

繋いでもらって、向こうで「パスキー」を削除してもらえるとのことでした。


これで一件落着か・・・と思われるのですが、それから1日経って、

「パスキー」削除完了のメールが来ました!

そして、ログインしなおして、パスキーの設定もできました。

良かった良かった・・・。

とりあえず、楽天リンクだと電話が無料ですが、無料でなくてよければ、Android標準の

電話アプリもあるので、また困ったときには、そちらを使ってみようと思います。


おわり。





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あたらしいかばん(おおきなのっぽのふるどけい?)

なかまくらです。

あたらしいかばんを買いました。



右のかばんが新しいもので、左のかばんが、本採用になって1年目に買った鞄です。

部活動で出張するときに、いつも連れ添っていった鞄で、

日本の色んな所に一緒に旅に行った鞄です。

大きなのっぽの古時計のようですね。

12年間使っていたこともあり、だいぶボロボロになってきたのと、

今年は修学旅行の引率もあるので、自分への誕生日プレゼントもかねて、

同じ鞄の新しいものに新調しようかな?

と思っていました。調べてみると、廃版になっていました・・・。


代わりに、同じような少しだけ大きな同じメーカー(吉田カバン)の鞄を発見。

日本製で、丈夫なことで有名なメーカーなので、お値段もそれなりです。


前の鞄ももう少し長持ちさせたいので、

うまく寿命を延ばすために交代交代で使って行こうと思います。





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「無伴奏ソナタ the Musical」観ました。

なかまくらです。

「無伴奏ソナタ the Musical」観ました。



大阪WWホールでの観劇です。

結論から言いますと、ちょっと微妙な劇でした。

ところが、この劇なんですが、何度も再演されていて、Twitterでも、絶賛なんですね。

うーーん、何か、根本的な見落としがあるのかな・・・?


とりあえず、いつもの通り、あらすじです。


クリスチャン・ハロルドセンは、音楽の天才であった。

アメリカでは2才のときに、その才能によって、職業が決められ、

決められた職業で、人々は一生働いていく。

クリスチャン・ハロルドセンは、メイカー(作曲家)として、

世のあらゆる音楽と隔絶され、28年間を生きてきた。


ところが、歪んだ主義趣向を持つ一人のリスナー(評論家)によって、

クリスチャンは、バッハの「無伴奏ソナタ」の録音を聞いてしまう。


これによって、クリスチャンの音楽は変わってしまう。

それは、国の法律に違反する行為だった。

ウォッチャー(監察官)は、その罪を処罰しに来る。


クリスチャンは、メイカーの資格をはく奪され、別の職業(ドライバー)を与えられる。

そして、二度と音楽を作ることも、演奏することも許されない、と告げられる。


ドライバーとして働き始めたクリスは、やがてバー&グリルに通い始める。

それは、そこに、古びたピアノがあったからだ。

そのピアノを、クリスは、やがて我慢がならなくなって、弾いてしまう。

その並々ならぬ力量に、バー&グリルには上流階級のマダムたちが集まる。

彼女らは、ドリンクを頼むばかりで、いつまでも店に留まり、店の経営は追い詰められていく。


その果てに、店主のジョーは、アルコールにおぼれ、そして、

クリスが再び音楽を演奏していることを国家に通報してしまうのだった。


クリスは、その罰として、手の指をすべて切り落とされてしまう。

そして、今度は、クリスはクリスチャン・ハロルドセンのイニシャルを取って、

シュガ―と呼ばれる果樹農園の労働者となった。


シュガーは、そこで出会った同僚と静かに暮らしていたが、

あるとき、ギレルモという男が同僚に加わる。彼は、休憩時間のたびに歌い、

同僚たちも歌った。そして、やがて、シュガーも歌うようになった。


シュガーが作った歌は、国に広く伝わっていき、ウォッチャーの耳にも入ってしまう。

ウォッチャーは言う。シュガーの音楽は悲しく、人々に絶望をもたらす音楽だと。


そんな音楽を作り続けずにはいられなかったシュガーは、

最後に声すらも奪われてしまうのだった。


そんなシュガーに、最後に与えられた職業は、ウォッチャーだった。

ウォッチャーは、皆、元はメイカーだったのだ。


最も大切なものを奪われる悲しみを最も知るものだけが、それを奪っていくことを

許されるのだろうか・・・。

ウォッチャーとなったシュガーは、38年、ウォッチャーを勤め上げ、

そして、街に出る。すると、そこには、かつて、果樹農園で作曲した

「シュガーの歌」を知らない誰かが口ずさんでいる姿があった。


それを誰が作ったのかは知らない。けれども、その曲は生き残り、

そして、多くの人が、拍手喝さいを送るのだった。


というお話でした。


どこから書けばよいのか、ということなのですが、

とりあえず、ラストシーンは良く分からない感動があったんですよ。

歌で盛り上がっていたし、これまでにクリスチャンが出会ってきたみんなが、

クリスチャンに拍手を送りに集まってくるわけです。

なんか、勢いで感動させられたと言いますか、そんな感じ。


でも、ちょっと待って! ツッコミどころだらけなんですけど!?

というところで、もやもやが多すぎたんですよ、このお芝居。


まず、メキシコから来たと言いますが、アメリカの中の法律だったのか、国際的な法律だったのか良く分からない制度でした。でも、序盤で世界中のリスナーが集まってきた、と言っていたような?

ウォッチャーは、なぜそこまでして、法律を頑なに守ったのか? にもっと説得力が欲しかったです。「人々を絶望させる音楽を奏でるから」と、最後に理由のようなことを言いますが、それを最初にクリスチャン・ハロルドセンに言っていればよかったのでは? 駄目だから駄目です、みたいな理由だから何度も繰り返してしまうのでは? と思ってしまいますし、ウォッチャーも元メイカーなら、なおさらではないかと。

それから、ウォッチャーの言うことをなんでみんなそんなに従順に聞いてしまうのか・・・? 明らかにおかしいことが、目の前で行われているというのに、幸福な人々は、幸福を人質にされていて、そんなにも行動を起こせないものなのか? メタ的なことを言いますと、2部で、畑中さんが、あるいは最初にクリスチャン・ハロルドセンの友人であったポールが、班長として、労働者をまとめる働きをする人物として出てくるので、レ・ミゼラブルみたいに、ここから革命が始まったりするのかな? と思ったら、ただただ、何をすることもなく、シュガーは、声帯を焼かれて終わってしまいました。もうね、どう見てもバッドエンドなんですよ、これは。なんだか、救われた風に終わっていますが、クリスチャン・ハロルドセンの人生は戻ってこないですし、曲が生き残ったとしても、何せ、シュガー本人が、「なぜそんなに悲しい曲を演奏するのか・・・?」と見知らぬ市民に問いかける場面などは、完全にウォッチャーの思想に洗脳されてしまっているように感じられて、果たして、「シュガーの歌」を聞いたときに、生き残ってくれた、と思うかどうかさえ、疑問に思う展開なのでした。

この「無伴奏ソナタ」の原作ですが、1980年ごろに書かれたもののようです。戦争も終わり、革命のような終わり方をしても、表現として許される時代になっていたと思います。ちなみに、先ほど挙げた「レ・ミゼラブル」もおおよそ近しい年代の作品のようです。


もう少し、そのあたりが描かれていれば印象も変わってきたのかもしれませんが、

うまく、登場人物に感情移入できずに終わった作品になってしまいました。


この規則や社会の理不尽さというのは、もしかすると、

いま平和な時代に生きている私たちには、理解できないものなのかもしれませんね。

戦争の時代には、そういうものが当たり前にあったのかも。

なんてことを思いました。



おわり。





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