なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)
干支、万象と星について
20250102
作・なかまくら
「万象とは世界を表す言葉だそうだよ。」
65年前に地球に衝突した彗星は”Hello World”という名称で、歴史の教科書に掲載されている。そこには、象徴的な1枚の写真が貼り付けられており、サイエンスライターの九紫火星(きゅうしかせい)は、その場所――捲(めく)れ谷のマーケットを訪れていた。
九紫は、銅貨を2つ3つと、器用にその爪で取り出して露店を広げる店主に渡し、品物を受け取る。陽光を浴びてその色味を深くする竜の鱗が極彩色(ごくさいしき)に煌めいた。
「立派なもんをお持ちで。」 兎顔の店主 一白水星(いっぱくすいせい)が、その耳の付け根を搔きながら、眩しそうに眼を瞬(しばた)かせる。
「存外に不便なものなんですよ。」 九紫は、受け取った爪切りでパチリ、パチリと爪を丸くしていき、店主に代金の一部として、切り取った爪を渡す。よく洗ってから煎じて飲むと、長命の薬となるのだから、不思議なものだ。外の世界ではただのケラチンというタンパク質なのだが。
「カメラのシャッターを切ろうとしても、貫いてしまいますから。」
そう言って、取材用のカメラを持ち上げて見せる。
「其れ故に、この場所はまだまだ、よくわからないことが多くて、こうして調査と取材に来ているというわけです。」
「成程。それにしても今週の変化(へんげ)の度合いは強いですな。」
「丁度、明週の頃が最盛期となりますから。」 そちらを向くと、通りの向こうから白いモコモコの風体の女性が現れる。
「案内役(ガイド)の六白(ろっぱく)さん?」
「はい。今回はご依頼いただき、光栄至極です。是非お役立てください。」 六白金星(ろっぱくきんせい)は羊らしい横長の瞳孔の目を輝かせる。
「あ、まあ、うん。よろしくお願いします。」 そう言いながら、握手を求める手を差し出すと、「いや、それは・・・」と遠慮されてしまう。理由を尋ねると、
「ほら、電気羊は、竜にあこがれるものでしょう?」
と、さも当然といった風に言うので、九紫はとりあえず力強く頷いておいた。
「それでは、ごゆっくり。」 見送りをしてくれる店主に手を振って、目的地を目指す。
固い地盤が捲れ上がって生まれた、波濤(はとう)は、躍動的な瞬間を時間停止したような不自然な自然をその地に成立させていた。マーケットはその捲れ上がった大地を潜(くぐ)るように広がっている。
「お雑煮、食べますか?」 六白さんは、露店の店主に注文する。
「頂きます。」
「あ、じゃあ2つで。」
「あいよ。」
店主の八白土星(はっぱくどせい)が、面の中から威勢の良い返事をする。
「どうしてお面を?」
「へえ。どうもあっしのこの顔ですと、この時期は特に怖がられることも多いんでさ。」
そういって、へのへのもへじの面を外すと、蛇の爛爛とした赤い瞳が露わになる。
「まあ、お兄さんは竜ですから、あれですけどね。」 店主との話の間に、ご婦人の二黒土星(じこくどせい)さんが、猪の手で手際よく、葉で包(くる)んで蒸し焼きにしたお餅を取り出し、少し煮てから椀へと落とした。
「どうもお待ちどうさまです。」
「米粉じゃないんですね。」
「へえ。」
八白は頷く。この辺りは、小麦が採れるため、薄力粉を捏ねて水団(すいとん)で食べるのが名物だという。
「彗星の衝突で、気候も随分変わりましたから。」 六白がそう言いながら、水団を頬張る。むぐむぐと膨れる頬。顔立ちに残る人らしい部分から垣間見える無邪気さが、可愛らしく見えて、思わず微笑んだ。
「・・・どうかしました?」
「いいや、何でもないです。それよりも。やはり気候の変化は、これまでの調査から予想されているように“次元の捲れ”が起こっていると考えるべき、ということですよね。」
メモを取りながら、店を後にする。
「そうですね。探索隊のメンバーとの合流地点までもう少しですけど、まあ、もう少し近況を話しながら行きましょうか。」
マーケットは、人で溢れ・・・いや、外の世界ではヒトと呼ばれる者たちが、干支との亜人とでも言うべき存在として、ここでは日々の営(いとな)みを綴っていく。
「あ、紹介しますね。七赤金星(しちせききんせい)さんです。」
「どうも、七赤です。サイエンスライターである九紫さんのお噂はかねがね。」
「すみません、大した記事もなくてですね。」
「おっと、これは失礼しました。」 ヒヒン、と手を振って鬣を靡(なび)かせた七赤は、雑誌を隠した。七赤の手に握られていたのは、新進気鋭のルポライター五黄土星(ごおうどせい)の猿顔が前面に印刷された号であった。犬猿の仲とされる犬亜人と猿亜人の間に挟まれる鳥亜人の四緑木星(しろくもくせい)さんの日常を赤裸々に描き出した記事は、捲れ谷に興味津々の未成年のみならず、中間管理職を初めとした現役世代の大人たちにも反響を呼んでいた。
「でも、九紫さんはそういうドキュメンタリな部分ではなくて、この現象について、解き明かそうとしているわけです。そこが、私が協力するに至った経緯というわけでして。」 六白さんがどこか自慢げにそう言うので、
「ご協力、感謝します。」 九紫は軽く会釈を送っておく。
「あなたの記事、ちゃんと頭に入っていますよ。ヒト起源説。」 七赤は、ゴーグルの位置を少し調整する。その仕草が、なんとなく賢く見えるのが不思議だった。
「ヒト起源説ですか?」 六白さんには、こういう時の聞き役としての仕事もお願いしていた。九紫自身は、少し口下手であることと、考えを整理するためには、話を聞いている中でまとめていくことが得意だったからだ。
「そう。人は、生まれた瞬間によって、その起源が異なる。宇宙のどこから来たかが違うのだという。それは、9つの星に分けられたり、12の動物に分けられたりするんです。」
「ほう。それによって、亜人化するときの動物が違うと。」
「そう。そして、この捲れ谷の変化(へんげ)は周期性があることも分かってきたんです。」
「11年周期ですね。」
「その通り。九紫さんは、その周期が太陽の活動周期と一致している点に目を付けたんです。」
「へえ、それはすごい!・・・んですか?」 六白さんが、九紫の顔を覗き込んでくる。
「いや、まだ、仮説なんですが・・・。」 九紫はなんだか少し、しどろもどろになりながら、答える。
太陽の活動が極小期に入ると、銀河宇宙線の影響が大きくなることは、半世紀も前から知られていたことだった。銀河から降り注ぐ宇宙線によって、個々人の生命としての本質が決定付けられているとしたら。その本質が、次元の一部が“捲れ上がり”、遠い距離を結びつけてしまうこの“捲れ谷”で、太陽風が弱まるこの時期に、顕わになるとしたら・・・。
「なんだか、すごく壮大で、ロマンチックですね!」 六白さんが綺羅綺羅とした目をしている。それから、何かを端末に入力し始める。勿論、静電気には気を遣いながら、である。
「でも、そこまでわかっていて、逆にまだわかっていないこともあるんですか?」
六白さんは、尤(もっと)もな質問を投げかけてくる。
九紫自身も、一度はそう思った。これで、不可思議は解き明かされてしまった、と。しかし、ある情報を得たのだ。それは32年前の文献――これは短編小説を投稿するサイトなのだが――によれば、その年の捲れ谷に、猫の亜人が現れたというのだ。
九紫の空想は大いに膨らんだ。それは例えば、太陰暦によるものだからではないか。太陽暦よりも約11日だけ短い。つまり、1年を12に割って、干支や星座を当てはめている我々の占星術は銀河の常識ではなく、13の月を持つ太陰暦に従って、銀河から宇宙線が飛来することで、僅かに猫が存在するのではないか。AI法の承認によって、政府から正式にリリースされたAI”森羅万象”によれば、その可能性は2.98パーセントだという。
太陰暦では、同じ日付でも年ごとに季節は次第に変わっていき、おおよそ33年で元の季節に戻ることになる。もし、太陰暦で銀河が同じ現象を繰り返すならば、今年は、猫の亜人が現れる周期、ということになる。
「あ。」 六白さんが、声を上げる。
「どうしました?」 七赤が続きを促す。
「AIに今の仮説、どうですか? って聞いてみたんです。」
「ええ。」
「そうしたら、『エトワールって、フランス語で星を表すそうだね』ですって。」 そう言って、六白は端末の画面を見せながらにっこりと笑う。映し出された画面には、AIの三碧木星(さんぺきもくせい)が、彼女の特別仕様なのか犬の様相をしており、その顔をこちらに向けて尻尾を振っていた。牧羊犬・・・?
「そうですか。」 ゴーグル越しに少し不安げに、竜の横顔を横目に見る七赤に構わず、
九紫の頭の中では、フランスと銀河の関係性についての新しい仮説が渦巻き始めていた。
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参考文献:
https://www.aip.nagoya-u.ac.jp/public/nu_research_ja/highlights/detail/0001248.html
https://yaneki.jp/kyuuseihayamihyou.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E9%99%B0%E6%9A%A6
https://hitsuji-nemuru.com/11-year-cycle-of-solar-activity/#toc2
2.98% ➡ 1-(太陰暦の日数/太陽暦の日数)×100 つまり、何も言っていないということ。
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